まえ
「紗江ちゃん、誕生日おめでとう!」
そう告げてきてくれたのはこの病院に入院してる小さな子供達だ。
花束を手に私の元へと駆け寄ってきてくれた。
この病院にいると毎日が平坦で季節も、時の流れもすっかり忘れてしまう。
そうだ、今日は私の誕生日だ。
どうせ毎日同じだからとカレンダーの日にちを全く確認していなかった。
世界はもう四月に入っていて、普通の高校生は新しいクラスや先生に新鮮な気持ちで学校に通っているのだろう。
そうして将来の夢に希望を抱き勉強に励み友達と遊ぶ毎日を生き生きと過ごしているのだ。
私は毎日この建物の中。
外に出れば看護師に連れ戻され、それを逃れたとしても偶然の発作で倒れる事だってある。
この建物の中は非常につまらない。
外で何が起こっているのかはテレビや新聞、インターネットで確かめる事はできるがこの肌でその全てを、風を感じる事はできない。
しかしつまらない顔を見せるわけにもいかない。
自分なりの精一杯の笑顔で子供達から花束を受け取った。
「嬉しい、ありがとう。」
この花束がなんだか仏花や見舞い花に見える。
それくらい私の思考はもう腐ってしまっているのだろうか。
ハルトに伝えていれば来てくれたのかもしれない。
ハルトは既に骨折を治し退院。
この病院にくる回数も減りつつあった。
またここは年寄りばかりが来るような部屋に戻り、私は毎日暇をしている。
「夕方まで退屈だなぁ。」
ゴロンとベッドに横になる。
結局誕生日も普段となんら変わりはない。
毎年王子様か何かが私をここから攫ってくれるのならば誕生日だって楽しみになれるのに。
シーツをさらりと撫でた。
今日は発作も何も起こしていないため、あまり乱れていない。
少し寝心地の悪いベッド。
テレビのドラマに出ているようなフカフカで大きなベッドに寝てみたい。
周りがカーテンに囲まれていなくて、薬品の香りがしないようなベッドに寝てみたい。
できれば、そんなベッドにハルトと一緒に寝てみたい。
…気がつけばハルトの事を考えている。
それは単に数少ない友達だからとか、そのようなものでは収まらないだろう。
「大丈夫、私我慢できるよ。」
見舞い用の花瓶に入れられた誕生日の花束を眺めながら、私は目を瞑った。
どれくらい眠っていただろう。
日差しが暖かかったせいか、長い時間眠った気がする。
ゆっくりと目を開けた。
「起きたか。」
ハルトの声が聞こえ、一気に目がさめた。
「わっ」
急いで起き上がり服や髪の乱れをなおす。
「ハルト、来てたのなら声をかけてよ」
「声かけるも何も、そんな死んだように眠られていたら怖えんだよ。」
死んだように。
そうか、ハルトは死んでるのかと怯えていたのだ。
そんなに私、今にも息を引き取りそうな顔してるの…?
ハルトと出会う前より顔色は良くなったはずなのだが。
「なんだか私、死んでいた気がする。」
「縁起でもないこと言うのやめろよ」
だって夢も見ないで、昼から夕方まで寝てたのよ。
なんだか身体はだるいし、今魂が戻ってきて身体に馴染んでいないのかもしれないわ。
「…ごめん。」
そんな、さらに縁起でもないことはハルトには言えない、余計な心配はかけたくないのだ。
「そんなことよりハルト、聞いて!私今日ね、誕生日なのよ!」
手を大きく広げてアピールする。
1年前から背など変わっていないだろうけど、これでも一つまた歳をとったのだ。
「知ってるよ、おめでとう。」
ハルトは小さな紙袋を差し出してきた。
「中、見ていいの?」
「当たり前だろ、お前のものなんだから。」
ハルトは恥ずかしそうにして目を合わせてこない。
こうゆうことをするのに慣れていないのが伝わってくる。
それでも勇気を出して私のために何かをしてくれたことが本当に嬉しいと思った。
「じゃあ、遠慮なく。」
紙袋の中をのぞくと、手作りと思われる一人分のショートケーキが入っていた。
ケーキの上には『ハッピーバースデー 紗江』と白いチョコペンでかかれた板チョコがある。
私は感動で目を輝かせた。
「すごい!ケーキだ!ケーキ!」
嬉しくて嬉しくてしょうがなくなりハルトに抱きつく。
「さ、さえ、さえ、まて、さえ落ち着け」
構わずハルトを抱きしめる。
そうだ、私は見慣れている花束なんかより、誕生日らしいものが欲しかったのだ。
「ハルトありがとう…」
大きな胸に身体を委ねる。
早い心臓の音が私の耳に伝わった。
きっと私も同じくらい心臓が跳ねている。
「ふふ、ハルト、これ私のために作ってくれたの?」
「まあ…そうだけど。」
「ハルトは完璧だね…勉強もできてカッコよくて、更に料理もできるなんて。」
羨ましい。
もし私がハルトだったら、こんな病気もなおせたのだろうか。
「完璧じゃねぇよ。完璧だったら、サエの病気くらい治せていた。」
ハルトは俯いて、寂しそうな顔をした。
そんなハルトの寂しそうな顔を見ていると、運命というものを捻じ曲げたい気持ちになる。
こんな私でさえ、生き延びたいと思うのだ。
「ハルトは優しいね。」
頭を撫でると照れ臭そうに目を泳がせる。
優しいけど、まだまだ子供。
「サエ、せっかく誕生日なんだし、俺にできることなら何か叶えてやるよ。」
「ほんと!?」
じゃあ一生私のものになって!
「でもあんまりお願いとかないなぁ、毎日叶えてもらっているようなものだし…」
私と一緒に死んで!
「小さい事でも良いんだよ、俺が何かしてあげたいだからさ。」
「そうだなぁ…………………あ。…じゃあ、それ。」
ハルトの耳をさす。
ハルトの耳にはひとつずつ、ピアスの穴が開けてあり、両方に赤いリング型のピアスがつけてある。
「私もピアスを開けたい!」