LINE詐欺と煽り合い
スマートフォンの画面を見ながら、俺は今日もにやついていた。
最近はLINEのアカウントを乗っ取り、そのアカウントを利用した詐欺事件が後を絶たない。のっとったLINEのアカウントを利用して持ち主の知り合いに連絡を取り、コンビニで電子マネーを買わせ、番号を教えさせて盗む。この一連の流れで、うっかり言うとおりにする人が多いのだ。
おそらく初めて引っかかった人は、何も疑いを持たなかっただろう。何しろ、知り合いからのお願いだ。そうそう断ることもないだろう。
最近ではコンビニが増え、田舎でも近くにコンビニがある、というのは珍しくない。今の環境だからこそ、できる詐欺ということだ。
今ではそういう情報が出回っているため、引っかかる件数も減ってきているらしい。しかし、対策がいろいろと立てられているにもかかわらず、いまだに引っかかる人がいるのだ。
今日も三人ひっかけ、合計六万円分の電子マネーを稼いだ。今は家の近くのゲームセンターで、笑いながらジュースを飲んでいる。他人への信頼度の高さは、このような時にあだとなる。人間とはこうも簡単な生き物なのか、と少しあきれてしまった。
俺がLINEのアカウントのっとり詐欺を始めたのは、つい最近の話だ。悪友からやり方を教わり、のっとったアカウントで片っ端から登録されている人に連絡をした。
ちょうどこの詐欺が有名になった頃だったので、相手にされなかったり、妙なやりとりをさせられたり、逆に電子マネーを買うように言われたりしてうまくいかないことが多かった。しかし、それでもやはり、一日に何人かは釣れるのだ。
一回当たりの金額はバラバラなのだが、大体一万円から二万円分くらいは稼ぐことができる。時々やっている程度なのだが、バイト代を考えると相当の稼ぎだ。こんなのが成功するなら、まともに働くのが馬鹿らしく思える。
もちろん、電子マネーなので普通のお金とは使い道が異なる。ただ、そちらに回すお金がかからないので、相対的に使えるお金が増えるのだ。
さて、夜も遅いが、もう一人くらいひっかけるか。そう思い、今まで使っていたアカウントとは別のアカウントに切り替える。
この詐欺が認知され始めると、すぐにアカウント停止措置が取られることが多くなったため、のっとったアカウントもそう長くは使えない。そのため、いくつかのっとったアカウントを確保しておき、何日かおきに使い分ける。あまり一気にやってしまうと、ばれてしまう可能性が高いのだ。
「今忙しいですか? ちょっと手伝ってほしいのですが」
トーク内容から、とりあえず三人ほど声を掛けてみる。しかし、すぐに反応が来ることは少ない。さすがに、夜中の一時ともなると、起きている方が少ないか。
ただ、コンビニはほとんどが二十四時間営業のため、こんな夜中でも意外と反応があったりするものだ。引っかかる人間を見ながら、お人よしが多いな、と苦笑することもある。
しばらく待っていたが、返信はおろか、既読さえつかない。
今日はここまでか、とスマートフォンの電源を落とそうとした時、一通の通知が入った。
「大丈夫ですよ。何でしょうか?」
こんな時間まで起きて何をしているんだか。そう思いながら、俺はいつもの画像を送る。コンビニで売っている、電子マネーのカードだ。
「これと同じものを買ってきてもらえますか?」
「今からですか? 明日ではダメですか?」
「都合で、今必要なのです。お金は明日払いますから」
「どこで売ってますか?」
「コンビニで売っていると思います」
このパターンは、恐らくこの手の詐欺を知らない人の反応だ。もう少しやりとりを続けてみる。
「買ったことがないのでわからないのですが」
「わからなければ、店員に聞くとわかると思います」
「いくら分買えばいいのですか?」
「二万円分お願いします。買ったら、裏の数字が書かれているところを写真撮って、私に送ってください」
返信はテンプレートなのだが、意外とこれで騙されるのだ。買ってくれるかどうかは別として、ひとまずこれで写真が来るのを待つとしよう。もしも写真が送られてきたならば、素早くその数字を電子マネーのページから打ち込んでしまえばこっちのものだ。
相手がコンビニに行くまで時間があるだろうから、少し外でタバコでも吸おうか。そう思い、俺はゲームセンターから出た。
「位置情報把握しました。その場所だと、私の家からよりもコンビニは近いですね。今、私の知り合いのおまわりさんに、そちらに向かわせました。もしお金がないなどの事情がありましたら、彼に話しをしてください」
タバコに火を付けようとした時、通知と同時にこんな文章が送られてきた。
位置情報を把握? LINEで位置情報を把握できるわけなんてできるわけないのだが……。
たしかに、ここから数分歩いたところに、コンビニがあることはある。ただ、今の世の中、コンビニの近くに住んでいる奴なんていくらでもいる。LINE詐欺の対策に、わざとそういうことを書いて煽っているのだろう。
まったく、今回は失敗か。しかたない、中国人がわけのわかってないような発言をしている振りでもしておこう。
「はい」
これ以上やりとりをしてもしょうがない。今日はこれくらいにしておこう。そう思い、俺は家に帰ることにした。
「知り合いのおまわりさん、来ましたか?」
家に向かっていると、また通知が鳴った。
あれから十分は過ぎているというのに、この人はまだ架空の知り合いの存在を信じているのだろうか。構ってなんていられない。とにかく家へと歩を進める。
「どうかしましたか? 何かトラブルでも?」
また通知が来た。しつこいな。既読を付けるのも面倒だ。とりあえずスルーしておく。
「先ほど知り合いのおまわりさんから連絡があって、その辺通り魔が出るとのことですが、大丈夫ですか?」
数分置いて、また通知だ。通り魔? ばからしい。そんな話聞いたことがない。
確かにこの辺は人通りが少ないし、民家も少ないので、通り魔としては絶好のポイントだろう。だが、男の俺を襲ってもどうしようもないだろう。無視無視。
「あれ、おかしいですね。さっきと違う場所にいます?」
何でわかるんだよ。いや、あんなこと言われて、移動していない方がおかしいか。どうせあてずっぽうで言ってるのだろう。
「さっき血まみれの死体が、その辺で発見されたそうですが……大丈夫ですか?」
血まみれの死体? どうやら、その「知り合いのおまわりさん」とやらがどこかに向かう途中に、事件に遭遇したようだ。だがそんなことは関係ない。
「あれ、おかしいな……どういうことだろう……」
そろそろ、いちいち通知に反応するのも面倒になってきた。もうこの角を曲がれば家だ。帰ったら、さっさとブロックをかけよう。
そう思っていると、後ろから「キャァァ!」と悲鳴が聞こえてきた。甲高い、女性の声だ。思わず振り返ると、何やら二つの人影が見える。そして、再び声が聞こえたと思うと、そのうち一つが倒れこんだ。
何があったんだ? その場へ駆け寄ろうと思った時、もう一つの影が、こちらに走ってやってきた。
逃げなければ。そう思った時、再びスマートフォンから通知音が聞こえた。逃げることが優先なはずなのに、恐る恐る覗いてみる。
「さっき友人から連絡があって、あなた、昨日死んだって。まさか……」
死んだ? 何を言ってるんだ? そんなことより逃げよう、と思ったとき再びスマートフォンのブラウザに文字が映った。
「ああ、そうか。死んでいるから既読が付かないし、ましてや返信なんてできるわけないですよね」
こいつの言っていることがわからない。もういい、こいつは放っておいて……
目の前には、血まみれの包丁を持った、俺よりも大柄な男が興奮した様子で立っていた。
恐怖で動けない俺の胸に、男は血まみれの包丁を勢いよく刺した。
刺されて動けず、薄れゆく意識の中で、スマートフォンの通知が鳴り響く。
「お疲れ様でした。私も、もうすぐそちらに向かいますから」
私の元にも、ついに乗っ取り詐欺が現れました。iTuneカードを買ってほしいとのことだったんで、「じゃあいつも来ているお店に持って行きますね~」「公民館で売ってますか?」などと言ってはぐらかした後、ほぼこの小説の内容通り煽ってやりました。
この手の詐欺は大体Twitterなどで出回っていて、対策もいろいろと講じられていますが、恐らく対策を知らない人がいまだに引っかかっているのではないかと思います。
この詐欺にかかわらず、日夜新しい方法の詐欺が出てきているので、もし友人や家族の名前を名乗るような場合は、一度電話で確かめてみた方がいいでしょう。