普通の男の回想 Ⅲ
ある時、彼女は一週間もの長い間、待ち合わせ場所に来ない事があった。
「みんなでリョコウにいってたの~」
そう彼女は言っていたが、嘘である事は分かっていた。
私と会うとき、彼女はいつも同じ服装だった。
初めて会った、あの日のまま―キャラクターの描かれたピンクのTシャツに、デニムの短パン、黒のハイソックスに空色のスニーカーである。
きっと、親は放任主義なのだろう。
だからといって、他人が介すれば、より複雑化する問題である事は変わりなかった。
私は苦心するも、何も出来ないでいた。
しかし、彼女はいつも明るく何もないような様子で笑っている。
「きのうはおかーさんとユウエンチにいったの~」
そう、幸せそうに笑う。
「でね、それからアイスクリームをたべてね。グルグルまわるやつにのって―」
恍惚とした様子で語る彼女は、まるで恋する乙女のようだ。
「それからね、でっかいカンランシャにのったの~」
しかし、それが現実である確率は極めて低いのだ。
「―で、ゆうがたのパレィドがね、すっごくキレーでね。
それから、……」
「そっか~
レナは楽しかったんだね~」
「うん、すっごくたのしかったよ~!」
薄汚れた髪を風が撫ぜる。
「こんどは、おじさんもいっしょにいこうね~」
私は歯痒かった。
無力な自分の立場、そして、彼女の精一杯の報われぬ努力が―
「レナ」
「ん~?なぁに~?」
「おじさんとお出掛けしないか?」
そう言ってから、しまったと、後悔した。
案の定、何の考えもなく発せられた音は、彼女をひどく動揺させていた。
この安らかな、それでいて脆い、有限である現実の非日常を、私は自ら壊そうとしているのだと、気づいた時には遅かった。
彼女は、脱兎のごとく走り去ってしまった。
彼女と私の不思議でささやかな関係は終わってしまったのだと、その瞬間、私は悟った。
そして、私の心には晴れぬ霧が色濃く立ち込めていた。
彼女に対して私はあまりにも軽率だった。
同時に、私は初めて自分の感情に向き合ったのである。
しかし、きっと分かり合えないのだと、経験上私は知っていた。
冷たい風に少し春の気配を感じた昼下がり―
ただ、私一人が凍り付いたように動けなかった…