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9話 不思議な少女

 これは思ったよりも厳しいぞ。

 固形物は難しいと思い、具を潰したシチューを飲ませたけど夜中と明け方に吐いた。いつ気持ち悪くなるかわからないからほぼつきっきりだ。睡眠もロクにとれない。


 酔い止めを飲んだ後数時間は落ち着き、更に眠くなるようだからその間に僕の食事を摂る。これは体力勝負だ。

 コーヒーも何度飲んだことか。このままだと僕の胃がやばい。


「智羽、起きてるのか?」

「あ、うん……」

「食事できそうか?」

「まだ無理。それより──」

「それより?」

「……やっぱいい」


 なにかを言いかけて黙ってしまった。遠慮することなんてなにもないのに。




 そんな感じで過ごしていたところ、玄関のチャイムが鳴った。誰だろうか。

 勧誘とかだったら無視しよう。智羽の友達だったら……智羽に聞こう。もし志郎や竜一だったらなにがなんでも帰ってもらおう。今の智羽の姿は絶対に見せられない。


「おや?」


 思わず声が出てしまった。インターホンから覗くと、そこにいたのは思いもよらぬ相手、クラスメイトの戸渡さんだったからだ。

 やたらと辺りを気にしている。挙動不審だ。誰かに狙われているとかじゃないよね。


「はい」

『あ、あの! えっと、お、大磯君のお宅でしょうか!?』


 声が裏返っている。普段と声が違う。


「どうしたの戸渡さん」

『本人!?』


 なんか酷く動揺しているようだ。

 よくわからないけど、玄関のドアを開いて呼んでみると門を開け、こそこそモジモジと入ってきた。


「どうしたの?」

「ど、どうって、2日も学校休んでたから……大丈夫なの?」


 心配して来てくれたのか。そっか、もう授業は終わっている時間だ。


「僕はなんともないよ。ただ妹が辛そうなんだ」

「あっ、大磯君は無事なんだね。よかったぁ」


 戸渡さんはほっとした笑顔を見せた。

 僕はこのとき何故かカチンときてしまった。


「食事もできず何度も吐いて歩けない妹がいるのになにがよかったんだよ」


 言ってしまってから後悔した。これは完全に八つ当たりだ。寝不足とストレスのせいでイライラしていたんだ。

 すぐ謝ろうとしたら、戸渡さんが震えだし、涙目になっていた。


「ご……ごめんなさい、そういうつもりじゃ……うえええぇぇっ」


 やばい大泣きしてしまった。


「僕のほうこそごめん! 徹夜で頭がおかしくなってたんだ! 今のは僕が悪いから、ねっ」

「うええああえええぇぇっ」


 駄目だ、すぐ泣き止みそうもない。とにかくここで放っておくわけにはいかないし、リビングで座りながら落ち着いてもらおう。




「ほんっとうにごめんなさい!」

「わ、私のほうこそごめんなさい。大磯君の気持ちを考えてなかったし、みっともないところ見せちゃったし……」


 戸渡さんに平謝りをし、とにかく泣き止んでもらった。いつも強気な印象だったのに、こんな取り乱す子だったのか。


「それでも酷い言い方をした僕が悪かったんだ。ごめんね」

「ううん、そんな……。でも、妹さんそんなに酷いの?」

「ひとりでトイレにすら行けないくらいだよ。いつ吐くかわからないからずっとそばにいて寝てもいられないし」


 吐くこと自体には問題ない……いやあるんだけど。食道がんの原因になるんだっけ? でもすぐ水を飲ませれば大丈夫だと思う。

 問題は寝ているとき吐いて、それが気管支に入ってしまうことだ。最悪な場合、窒息死する。


「ご両親はいないの?」

「今海外だから助けてもらえないんだ」

「そっか……。じゃあ私が代わるから、大磯君、少し寝てて!」

「ええっ? そういうわけにはいかないよ」

「だって、これで大磯君が倒れちゃったらもう後がないんだよ。大丈夫、私の義妹いもうとだから大切にするよ」

「……えっ?」

「……あ……きゃあああぁぁ違う! 自分のの妹だと思って大切にするから!」


 面白い言い間違いをする子だな。ちょっと唖然としてしまった。

 だけどほんと助かる。女の子同士のほうが色々と勝手がわかるだろうし。よし、早速──


「じゃあ来て。智羽に聞いてみるよ」


 僕は戸渡さんを連れて2階へ上がり、智羽の部屋の前で待ってもらう。一応本人に聞いてみないと。


「智羽、いいか?」

「どうしたの?」

「今僕のクラスメイトが来てくれてさ、ちょっとの間僕と代わってもらっていい?」


 そう言うと智羽の顔は能面のような無表情になった。


「信じらんない。お兄ちゃん、ふざけてるの? 誰? 音形さん? それとも引臣さん?」

「ち、違う! 女子だから! 僕が病気だと思って来てくれたんだ」


 それを聞いた途端、智羽の口元が吊り上がった。


「へぇーお兄ちゃんのクラスメイト女子。ほぉー、ふぅーん」

「な、なんだよ」

「別にー。いいよ、女の子のほうがお兄ちゃんより気が楽だしぃ」


 やっぱそうだよな。よし、戸渡さんにお願いしよう。


「入っていいよ」

「お、お邪魔します」


 戸渡さんはおずおずと入って来た。そして智羽の顔を心配そうに見る。すると智羽は弱弱しい笑顔を見せ…………何故か戸渡さんは泣き出してしまった。


「ど、どうしたの?」

「酷い……世の中って不公平過ぎる。髪はぼさぼさだしいかにも弱った感じなのに、なんであんなに可愛いのよぅ。微塵も勝てる気がしないよぅ……」


 彼女はなにと戦っているんだ?


「あの戸渡さん?」

「……はっ、な、なんでもない、です! 私、大磯君のクラスメイトで戸渡有利! 宜しくねっ」

「智羽だよ。宜しくね、お姉ちゃん」


 うん? 智羽は普段、年上には敬語を使う。あの志郎相手でもだ。なのに今日はフランクだ。

 そして何故か固まってしまった戸渡さん。


「戸渡さん?」

「……」


 返事がない。ただの……ただのなんだ?


「戸渡さ──」

「きゃああぁん、お姉ちゃんだって! やだもぉーっ」


 急にはしゃぎだした。情緒不安定かもしれない。この子に任せて大丈夫なのかな。


「智羽、その……」

「ふふっ。お兄ちゃん、罪な男だねぇ」


 智羽は口を手で隠し含み笑いをしている。僕はなにも悪くないぞ。

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