赤い石
馬車の前に集う3人の男女と1匹の猫。そんな彼らの元に、ゆったりとした足取りで近づく男がいた。その男に気づいたアメルたちは、話のを止めて男へと視線を集中させた。
「皆様。お待たせいたしました」
現れたのは、アメルに今回の依頼人だった。
「貴方、依頼人の方ね」
一応の確認とばかりに、エリザが男へそう問う。そのエリザの問に、男はしっかりと頷いて見せる。そして、男はエリザから視線を逸らし、アレクへと顔を向けた。
「アレキサンドリア様、馬車の手配、ありがとうございました」
「いえ、大したことえはありませんので、どうぞ頭を上げて下さい」
依頼人からの要請で、アレクは警護隊から馬車を1台手配していたのだ。立派な馬車ではないものの、しっかりとした作りで、また馬も十分訓練されている。そのため、護衛などによく使用される馬車だった。
その馬車を手配するのに、アレクにとっては特別なことはない。申請書類に用途とおおよその日数さえ書き込めば簡単に許可が下りるのだ。そのため、深々と頭を下げた男に、アレクはつい苦笑を浮かべていた。
「皆様お揃いのようですので、ここで例の物を渡したいかと思います」
頭を上げた男は、3人を見渡してそう言い放つ。そして、男が持っていて鞄の中から手の平ほどの小さな箱を1つ、とても丁重な手つきで取り出した。
アメルたちの視線が、男からその小さな箱へと視線が集中する。男はその箱のふたをそっと開けて中身を見せた。
「これが…賢者の石」
「まぁ、何て美しい…」
箱には、動かないように土台にきっちりと固定されている賢者の石が入っていた。人工物ではあるが、その辺りにも落ちている小石同様、決して対象性や規則性を持った形状ではない。大きさも、3センチ程度とあまり大きな物でない。
しかし、きらりと輝くその石は、日の光を浴びてより赤々と煌めき、その存在を強く現している。そんな賢者の石の姿 に、アレクとエリザは心を奪われている様子だった。
「…」
そんな中、アメルだけは感動や賞賛の表情は浮かんでおらず、ただじっと石を見つめている。客観的に見て、その石は確かに美しいものである。宝石と言われれば納得してしまうほどに。
しかし、そんな石をアメルにはなぜか美しいとは感じなかった。むしろアメルには、その石に若干の恐怖さえ覚えた。それはきっと、アメルには賢者の石の輝く赤がまるで血の色に見えたからだ。
「おっしゃるとおり、これが正く賢者の石でございます」
アメルたちの様子を一通り見届け、男はそう言葉を紡いだ。そんな男の言葉に、アメルたちの視線が再度男へ戻ると、男は箱のふたを閉じる。そして、アレクとエリザへそれぞれ視線を向け、最後に、アメルへと顔を向けた。
「アメリディス様」
男の真っ直ぐな視線に、アメルもしっかりと目を向ける。そんな男の口元に、うっすらと笑みが浮かんだ。
「この石は、アメリディス様にお預けいたします」
「アメリディスにですの?」
「えぇ」
不満げなエリザだが、依頼人が言うならばと身を引く。男はアメルへと向き、箱をそっと差し出した。男と箱をまじまじと見つめるアメル。そんなアメルに、男はさらに言葉を向ける。
「必ず、この石を届けてく下さいませ」
そう言って、男は笑みを深める。
アメルは一瞬、男のその笑みに思わず顔をしかめた。それは無理もなく、男のアメルを見つめるその視線はあまりにも鋭いのだ。そんな男に対し、タマは警戒心を高めていた。
(この男、油断ならない…)
男の言葉遣いや物腰は非常に柔らかである。しかし、時折アメルに見せる視線には、敵意とまでは行かずとも何やら不穏な気配がある。
タマはすっと瞳を細め、アメルへと視線を向けた。アメルの表情は、やはりいつもと変わらず読めないもの。しかし、アメルもまた何か考えている様子ではあった。
「…確かに、預かりました」
箱を差し出されてからやや動作が遅れたものの、アメルは男から賢者の石の入った箱をしっかりと受け取る。そしてアメルは、その箱を自身が身に着けるポーチの中へしまった。
「それでは皆様、どうぞよろしくお願いいたします。道中、お気をつけて」
「はい。ありがとうございます」
「お任せ下さいませ。大魔女様の名の下に、必ず遂行しますわ」
アレクとエリザは、男の言葉に強く頷いて見せる。しかし、アメルとタマは2人の後ろに控え、彼らの様子を見守る。
一瞬、男の視線がアメルへと向く。しかしすぐに逸らされ、男はまた頭を下げてその場を立ち去った。
「それじゃ、行こうか」
立ち去る男を見送ったのち、アレクがそう声をかける。その言葉にアメルとエリザは頷き、馬車へと乗り込んだ。タマもアメルたちの後に続いて馬車へと乗り込み、アメルの隣に座る。
アレクは、皆が馬車へと乗り込んだことを確認して、最後に自身は御者が座る場所へと腰を下ろす。そして、手綱を軽く降り、馬車を出発させた。