言い合い
歩みを進め、アメルとタマは中央広場へと辿り着いた。その中央広場には、露店を出している者や楽器を演奏している者、談笑している者などさまざまな人物たちで賑わっていた。
そして、その広場の中央には、大きくそびえ立つ一体の彫刻がある。精悍な顔つきで、堂々とたたずむ初老の女性の像。初代大魔女の彫刻だった。
「いつ見ても、立派な彫刻ですね」
「私には、ただのおばさんにしか見えませんが」
「そんなこと言ってると、罰が当たりますよ」
「もう当たってますよ」
そんなやり取りを交わしながら、彫刻へと足を進めるアメルたち。その彫刻の元には、1台の馬車と2人の人物が立っていた。1人は腰に剣を携えた青年で、もう1人はやや華美な服装の少女だった。
「あら、アメリディス。もしかして、貴女が最後の護衛の1人ですの?」
男女の内の少女の方が、アメルへそう声をかけた。アメルと知り合いのようだが、少女の声に親しげな色はない。どちらかと言うと、少女の声や表情からはアメルを敵視している様子が伺えた。
「貴女のような人が賢者の石の護衛だなんて、不釣り合いだこと」
アメルが足手まといであるというかのごとく、少女はそう言葉を発する。そして、少女はアメルへ嘲笑を浮かべる。そんな少女に対して怒りを見せたのは、アメルではなくタマだった。
「主に対しての侮辱は許しません」
「あら、できの悪い主に随分忠誠心が強いこと。お馬鹿な猫ね」
タマは少女の前へと進み、少女を見上げて睨みつける。対する少女も、生意気だとばかりにタマを見下ろし顔を歪める。両者の間に、静かに火花が散る。そんなタマたちのやり取りを前にして、アメルは別のことを考えていた。
(名前、名前…)
タマと少女の険悪な雰囲気の中、アメルは呑気にそんなことを思う。そして、アメルはじっと少女を見つめながら、その少女の名を真剣に思い出そうとしていた。
しかし、アメルが思い出せたのは、学園時代に少女がやたらとじふ自分に絡んできていたと言うことだけ。肝心の名前については、思い出せないでいた。
「相変わらず、性格のお悪い方ですね」
「1度会っただけで、わたくしの何を知っていると言うのかしら?」
タマと少女の出会いについては、アメルの学園の卒業式のときに初めて会ったのだ。そのときも、今のような言い合いをしていた。
そして、それ以来は1度も顔を合わせたことはないはず。にも関わらず、まるで昔から知っており、昔から仲が悪かったのかと思えるほどに互いに相手の悪口を飛ばしている。
「貴女のような単純かつ短絡的な方は、1度で十分安い人間だと分かります」
「な!わたくしが安い人間ですって!?」
「声を荒げるなど図星である証拠」
タマの一言が地雷となったのか、少女が初めて声を荒げた。怒りに少女の顔が赤く染まる。そんな少女に、今度はタマが嘲笑を浮かべて見せた。しかし、少女は怯むことなく、負けじと言葉を返す。
「アナタなんて、どぶ猫のタマじゃない!」
「な!?貴女などが、私をタマと呼ばないで頂きたい!」
「ふん、どぶ猫はみすぼらしいタマという名がお似合いですわ」
ますます激しくなる言い合い。その言い合いは、何とも低レベルなものである。そんなタマと少女を止めることなく、少女の名前を思い出そうと考え込んでいるアメル。そんなアメルに、青年はゆったりとした動作で近づき親しげに声をかけた。
「久しぶりだね。アメル」
「えぇ。お元気でしたか?アレク」
「あぁ。アメルも元気そうで良かった」
アメルと親しげに挨拶を交わす青年はアレキサンドリアこと、愛称をアレク。アレクは、アメルと共に学園を卒業した青年である。
このアレクの言う青年は、学生時代から学園の中で浮いている存在だったアメルにも好意的に接する人物であった。アメルにとっては、学園内で唯一親しい間柄だった。
「学園を卒業して以来だから、もう2年になるね」
「もう2年ですか。今、アレクは何を?」
「大魔女様の警護…と言っても、下っ端だから警護以外にもいろんな仕事をしているかな」
学園の武術科を卒業したアレクは、大魔女の警護隊に入団を果たした。しかし、入団してまだ2年のアルクはまだまだ新米の兵士。そのため、大魔女の警護隊の一員ではあるものの、与えられる仕事は街の警護や大魔女師団に寄せられたら依頼に関係する警護などがほとんどだった。
今回についても、大魔女師団が受けた依頼に関係している。あの依頼人の男は、アメル以外にも大魔女師団へ賢者の石の運搬を依頼していたのだ。そして、大魔女の指示により大魔女の警護隊員を石の警護に就かすよう指示があったのた。そして、その役目はアレクに与えられたのだった。
「エリザは去年学園を卒業して、大魔女師団に入ったらしいよ」
自身の仕事の話から、今度はエリザと言う少女の話へと移る。そのエリザこそ、いまだにタマと言い合っている少女であった。
そのエリザは、大魔女師団に入団していた。そのため、エリザもアレクと同じように、指示により今回の賢者の石の運搬に同伴するのだ。
「エリザ…そう、エリザベータでしたね」
「ん?」
アレクの発言に、アメルはようやく少女の名前を思い出した。彼女の名前はエリザベータこと、愛称をエリザ。彼女の名前を思い出したアメルは、タマたちへ近づく。
「貴女なんて、田舎娘のエリーではないですか!!」
「エリーと呼ばないでちょうだい!わたくしには、エリザベータという立派な名前が…」
「エリー、お久しぶりですね」
いまだに言い合うタマとエリザ。そんなエリザは、エリーと呼ばれるのを痛く嫌う。そのことを知るタマは、挑発のためわざとエリーと呼んだ。
案の定、怒りに声を荒ぶるエリザ。そんな中、タマに続きアメルにまでエリーと呼ばれ、エリザの表情は眉間に深くしわが刻まれる。ただし、タマと違いアメルに悪気はないが。
「だ・か・ら!エリーと呼ばないでちょうだい!!」
しかし、エリザにとってはそんなこと知る由もなく、むしろ知ったことではなく、アメルへそう強く言い放つ。そして、恐ろしい表情を浮かべてエリザはアメルへと詰め寄る。そんなエリザを、アレクは苦笑を浮かべて宥めるように声をかけた。
「落ち着いて、エリザ」
「アレキサンドリア様!嫌だ、わたくしったら…アレキサンドリア様の前で…」
アレクによりタマとアメルへの怒りを忘れ、怒りによる紅潮から羞恥による紅潮に顔を染めるエリザ。そして、アレクに醜態を曝してしまったと言う事実に焦り出し、エリザはおろおろと挙動不審となる。そんなエリザに、タマは呆れたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「実に単純な人ですね」
「タマも、落ち着きましたか?」
「あの人よりは、ずっと落ち着いています」
アメルの問にそう答え、タマはアメルの足元へ近づく。アメルは背を屈ませ、タマの背を軽く撫ぜる。そんなアメルたちを、観察するかのように見つめている男がいた。