受けた依頼
大魔女が治める国の大通り。
そこには、多くの人が集い活気溢れている。そんな道を、ゆっくりとした動作で進む影が2つある。1つは少女の、1つは猫の影。
「集合場所は中央広場で良いんですね?」
「…これで3度目の同じ問いです」
「確認したくもなりますよ、主」
不信げに問うタマに、アメルは顔をしかめる。そして互いに、ぶつくさと文句を言い出すアメルとタマ。ことの発端は、前日にアメルが出した手紙の返事が来たことから始まった。
アメルは一度断った、賢者の石の運搬依頼をその日の内に受けることにしたのだ。そのことを依頼主に知らせる手紙を書いたのが、日暮れ前。その手紙の返事が帰ってきたのが、夜も更けた頃。
しかしアメルは、返ってきた手紙をすぐには読まず眠りに付いてしまった。タマがどれだけ読むように言っても、アメルは寝転んだベッドから微動だにしなかった。とうとうタマも諦め、今日という日を迎えた。
そして今朝、ようやく手紙の封が切られた。その手紙には明日、つまり今日から運搬をするようにと指示が書かれていたのだ。目的地は、アメルの住んでいる街から2週間ほどかかる小さな村。他に運搬を手伝う人手がおり、彼らの待ち合わせは正午に広場でとあった。
「…主、くどいようですが本当に」
「中央広場です」
何度目かになる2人のそのやり取り。
じっくりと読み返す時間もなく、旅支度をして家を出たアメルとタマ。タマは、集合時間や場所などを再度確認もせず家を出たことが心配であった。実は朝に集合ではないのか、中央広場ではなく図書館前広場や学園前広場ではないのか。そんな疑いをタマはアメルに抱いていた。
「手紙は家に置いてくるし…本当に大丈夫なんですよね?」
「タマは心配性ですね」
「…主が心配しなさすぎなのです」
アメルは、多くのことに対して基本的にあまり頓着しない性格である。特に依頼のことになると、それは顕著に表れる。集合場所や時間はもちろん、期限さえあまり気にしないのだ。
それゆえ、依頼のことになるとアメルの代わりにタマが気を持んでいた。
「…今回の依頼の成果によっては、主の命が危ういのですよ」
そう、ぽつりと呟かれたタマの言葉。その言葉にアメルは少し沈黙する。しかしすぐに、アメルはタマに言葉を返した。
「焦ったところで良い結果は生まれません」
「今、考えましたね」
「えぇ」
悟ったように紡がれたアメルの言葉。しかし、タマの言うように、その言葉は体よく聞こえるよう適当にアメルが発したものだった。実際、アメルはあっさりとタマの言葉を肯定してみせる。
タマは諦めたように1つ、溜息を吐き出した。
「この依頼が、大魔女様の言う『偉大な行い』であると良いのですが」
「そればかりは、正直分かりません」
偉大な行いと言えど、人によって考えは異なる。その行いが偉大であるともそうでないとも受け取られるものだ。仮に、大魔女にとって偉大な行いであると思う内容だとしても、それが正確にはなにかなど分かりようはない。
「けれど、この依頼を受けるべきだということは間違いありません」
何を大魔女から求められているかは分からない。けれども、依頼人が来たときと大魔女に呼び出されたタイミングを考えると、賢者の石に関わることが大魔女の意志であることは間違いない。
そうアメルは考えていた。
「ところでタマ」
「…何でしょうか」
賢者の石の話を切り、アメルはタマに声をかける。相も変わらず、自身をタマと呼びつけるアメル。そんなアメルに、タマは顔を歪ませる。しかし、すぐに諦めたような表情を浮かべ、アメルに顔を向けた。
「制止魔法により、私の魔力の回復は止められています」
「承知していますが、それが何か?」
アメルから改めて告げられたらその事実。それに、タマはなぜいまさらとばかりに首を傾げて見せる。そんなタマに、アメルはさらに言葉を続けた。
「魔法を使用きた場合、その分の魔力の回復もされません」
「それって、つまり…!」
「魔法を使うほど、私の死は近づきます」
アメルの言うように、魔法の回復が止められている中で魔法を使うなど、寿命を縮めいることに等しい。そんな重大な事柄にも関わらず、アメルはしれっと言い放った。そのアメルに、タマは声を荒げて言い返す。
「なに重要な内容を軽い感じに言ってるんですか!」
「私の死が、近づきます…」
「いまさら深刻ぶっても遅いです」
重々しい口調でタマへ告げたアメル。しかし、内容どころかアメルの口からは先程と全く同じ言葉が紡がれた。そのため、やはりその言葉に深刻さは全く感じられない。
そんなアメルへ冷静に言葉を投げ付けたタマ。半目で睨むかのように見つめてくるタマに、アメルは軽く肩を竦めて見せる。そして、その後はお互いに無言で道を進んで行った。