時の間と呪い
アメルの家の前に施された魔方陣から、淡い光が漏れだす。その光が一層強まったとき、アメルとタマの姿が現れた。大魔女の元から戻ってきたのだ。
「あの、主…お身体の方は大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です。魔力の回復が止まると言っても、すぐに影響が出るようなことではありませんよ」
家へ入るなり、ソファに深々と腰を下ろしたアメル。どこか疲れた様子のアメルに、タマは気遣うように声をかける。しかし、声は気落ちした様子もなくしっかりとしており、また紡がれるやや楽観的な言葉をいつものアメルどおりだった。
「…あの人は私に、偉大な行いをするよう言いました」
「確かにそうおっしゃっていましたが…それが何か?」
少し考え込むかのように目を伏せていたアメル。そんなアメルの口から呟かれたその言葉に、タマは軽く首を傾げる。なぜ今、大魔女が最後にはなった言葉をアメルが口にするのか、タマは分からなかった。
そんなタマの問いに、アメルは伏せていた瞼を上げる。そして、大魔女の発言はいったん置いておき、アメルがかけられた魔法について説明を始めた。
「制止魔法というのは、俗に言う『呪い』です」
呪いとは、一般的に使用する魔法とは異なった術である。
普通、魔法師たちが使用する魔法は、4大元素の力を源とした術。そして4大元素は、火、水、風、土を表している。これに対して、呪いという術は4大元素とは異なる力が基となっている。
「光と闇、生と死、時で構成された世界…いわゆる『時の間』」
「その世界の力でかけられた魔法が、呪いなのですね」
アメルの話を聞き、タマはそう答える。しかしアメルは、少し考える素振りを見せた。アメルがかけられた制止魔法は、間違いなく時の間による魔法ではある。
「少し違います。時の間からの魔法が、必ずしも呪いというわけではありません」
そう言って、アメルはタマへと視線を向ける。
「具体的には、移動の陣も時の間の魔法です」
「…確かに、4大元素の力ではありませんね」
呪いは時の間の魔法である。
しかし、時の間の魔法は呪いではないのだ。人の生死に関わるような魔法を俗に呪いと呼んでいるに過ぎない。そしてそうした魔法は、生と死を司る時の間の力を持って使用される。
「ただ、私たち一介の魔法師が時の間による魔法を扱うには、移動の陣のような魔法陣が必要となります」
4大元素の力はアメルたちの住む世界の根源である。そのため、魔法陣などなくとも4大元素による魔法を使用することができる。魔法師によっては、詠唱すらも必要としない。
それに対して時の間は異なる世界の力。そのため、魔法陣を介してでしかこの時の間の魔法を扱うことはできず、また詠唱も必要となる。
「ただし、魔法陣なく術を扱うことのできる例外もいます」
「…大魔女様、ですね」
「その通り」
タマの言葉に、アメルは頷いて見せる。
アメルへ魔法をかけた際、大魔女は魔方陣も詠唱もなく術を使用していた。それがごく当たり前であるかのように。しかしふと、タマの頭に疑問がよぎる。その疑問を、タマはアメルに問うた。
「主、呪いは確か禁術のはずでは…?」
「えぇ、魔法律にもそのように記されています。私たち魔法師は、この魔法律の下に存在しています」
魔法律とは、魔法に関するあらゆる決めごとである。
魔法律を破るようなことがあれば、厳しい処罰が下される。また魔法律により禁止される魔法は、人が人の生死を左右する術や、使用することで人の生死を危ぶむ術である。そのため魔法律には、俗に呪い呼ばれるような術を使用すること禁じている。
「そして魔法律は、大魔女の下に存在しています」
魔法師たちを律するための魔法律。
そんな魔法律は、歴代の大魔女たちにより創られてきた。つまり、魔法師たちの法は大魔女であると言っても過言ではない。法すらも超越する存在、それが大魔女なのだ。
「だからこそ、あの人はいかなる場合も例外なのです」
この国にとって、大魔女は『法』そのもの。
だからこそ、大魔女は魔法律に縛られない。
「…話が大きくそれてしまいましたが、呪いを解くには3つの方法があります」
呪いと言うものは、人の生死に関わる術である。そして、基本的に呪いと呼ばれる魔法は、術をかけられてすぐに命を落とすと言うものではないのだ。そして、呪いを解く方法も、ない訳ではない。
「1つ目は、呪いをかけた本人が術を解す。2つ目は、術者を殺すこと」
「さらりと恐ろしいことを…どにらにせよ、難しそうですね」
タマの言葉に、アメルは小さく頷いて見せる。
そして、最後の方法を、アメルはその口で紡ぐ。
「最後に、これが最も可能性がある方法です。それは、術者が与えた条件をクリアすること」
「条件?もしかして…」
「えぇ。恐らく、あの人が最後に言っていた『偉大な行い』がそうなのでしょう」
アメルの言うようように、ある一定の条件を満たしたとき呪いは解くことができるのだ。特に、大魔女がかける呪いは、相手に最後のチャンスを与える場合。今回のアメルの場合は、『偉大な行いをする』ことであった。
「しかし、偉大な行いなど一体何をすればよいのでしょうか?」
タマのその言葉に、アメルは重たい溜息を1つ吐き出した。
「何となく、察しが付きます」
独り言のようにぽつりとそう呟いたアメル。
アメルは、気だるげに立ち上がり、ペンと紙を取り出した。そして、さらさらと何事かを書き出す。書き終えた紙を丁寧に折り、封筒に入れる。その封筒にも何か文字をつづり、最後に封蝋を押した。これで、一連の作業は終えた。
アメルの口から、また1つ重たい溜息が零れ落ちた。
1日目:おしまい