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とある魔女の歩む道  作者: いろは
1日目
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大魔女


 大魔女の側近の男が誘導した魔方陣の中へ入ったアメルたち。自身たちを囲む光が収まったとき、アメルたちは別の場所に立っていた。

 アメルはゆっくりと視線を左右へ向ける。とても広い部屋はドームのような造りで、屋根は柔らかなカーブで湾曲している。アメルたちが立っているのは、その部屋の入り口付近。その入り口からまっすぐに伸びる道筋には、一段高い位置に立派な椅子が据えられている。そして、その椅子には、女性が1人座っていた。


「大魔女様、お待たせいたしました」


 男は、やや急ぎ足でさの女性へと近づく。そして、片膝を付いてそう女性へ言葉をかけた。恭しく頭を下げる男の様子から、男の忠誠心が伺える。

 そして椅子に座っていた女性こそ、男の言ったようにこの国を治める大魔女であった。アメルたちはあの魔法陣により、一瞬にして大魔女の面前に移動していた。


「ご苦労でした」


 凛とした声が室内に響く。

 その声の主はもちろん、大魔女から発せられたもの。大魔女は、ドーム状の部屋の奥に据え付けられている椅子にゆったりと腰かけている。その椅子の奥側には、天井にまで届くほど高い窓がそびえていた。


「こちらへいらっしゃい、アメリディス」


 男から視線を外し、大魔女はアメルへと視線を向ける。そんな大魔女の言葉に従い、男とは異なりゆっくりとアメルは大魔女の元へと近づいてく。大魔女の正面に立ったところで抱えていたタマを床へ下ろした。

 床へと下ろされたタマは、緊張した面もちで大魔女を見上げている。一方のアメルは涼しげな表情を浮かべている。そして、迷いなくまっすぐに大魔女を見据えていた。


「わざわざ呼び出して、一体どのようなご用件で?」

「身に覚えはありませんか?アメリディス」

「学園を卒業した私に、干渉する権利はないはずです」


 アメルの問いかけに、大魔女はすっと目を細める。そんな大魔女の小さな動作一つでも、部屋の雰囲気は非常に張りつめたものになる。近くに控える大魔女の側近である男でさえ、少し身を強張らせた。

 そんな中、アメルは臆することなく言葉を紡いだ。


「例え、学長の貴女であろうとも」


 アメルが言う学園とは、主に魔法師を育成するための教育機関である。その学園の学長は代々、大魔女が勤めるものと定められている。そのため、アメルは大魔女を学長と呼んだのだ。ただし、学長と呼ぶのは学園が始まって以来アメルただ1人。

 全ての生徒は敬意を持って大魔女様と呼ぶ。


「学園を出た生徒のその後を見守り、正しい道を歩ませることも大魔女の義務です」


 そう言ってアメルに向けられる大魔女の視線は鋭い。その視線にタマはびくりと身体を震わす。それでもやはり、アメルは動じない。それどころかアメルは、まるで睨むかのように大魔女を見つめ返した。


「何が正しいか、それは本人が決めることです」


 そういつもより少し強い口調でアメリは大魔女に言葉を返す。

 暫しの間、静寂が部屋を支配した。両者互いに口を閉ざし、相手を強い視線で見つめている。そんな両者を、静かに見つめる者が1人と不安げに見つめる者が1匹。彼らの空間に漂う緊張感。その空間を壊したのは、大魔女だった。


「…そうですか」


 大魔女はそう、ただ一言だけ呟いた。そして大魔女は、ゆったりとした動作で片腕を前へと突き出す。その手の先は、人差し指のみアメルに向かって伸ばされていた。

 大魔女のその様子に、タマは息をのむ。タマは、大魔女がアメルに対して魔法を使うのだと気が付いたのだ。どんな魔法をかけるのかは分からない。しかし、アメルは大魔女に対して反抗的な態度を示していた。そんなアメルに、生易しい魔法などかける訳はないと容易に予想できた。


「お、お待ち下さい大魔女様!確かに主の態度はいささか問題ではありますが、どうかお許し下さい!以後は気を付けるように私の方からも…」

「タマシアンテ。今のアメルの言動は問題ではないのです」


 必死に大魔女の行動を止めようと言葉を紡いでいくタマ。しかし、そんなタマの言葉を大魔女は否定する。先程のアメルの言動により、魔法をかけようとしている訳ではないと言う。ではなぜ、大魔女は魔法をかけようとしているのか。タマは軽く首を傾げ、大魔女を見上げた。


「人には、責務があります」


 静かにそう言葉を紡ぐ大魔女。決して大きい訳ではないにも関わらす、その声はしっかりとタマの元へと届く。タマへとかけらてりる言葉のはずであるのに、大魔女の視線は変わらずアメルへと向いている。


「しかし、アメリディスはその責務を果たしていない」


 アメルの責務。

 タマには、それが何か分からなかった。

 普段の依頼の仕事のことかとも考えるも、受けた仕事はちゃんとこなしている。依頼を選り好みすることだとしても、果たして大魔女から呼び出しされるほどのことなのか。そんなことを思案していると、伸ばしていた大魔女の指先がぼんやりと光を帯びていく。


「よって、大魔女アスティリーナの名において汝アメリディスに試練を与える」


 そう大魔女が言うと、指先の光は小さな光の球となって四方へと飛び散る。その光の球は放物線を描きながらアメルへと向かう。そして、アメルの身体へと入り込む。その瞬間、アメルは少し顔を歪ませると、自身の胸を手で押さえた。

 

「…制止魔法ですか」

「あ、主?」


 苦々しげに呟かれたアメルの言葉。

 アメルの言葉に、タマはアメルを見上げた。


「アメリディスにおける魔力の回復を強制的に止めました」

「魔力の回復を、止める?そんなことしたら主は…!」

「近い内に、死にます」


 魔法師にとって、魔力とは生命力と同等。

 魔力は、魔法を使用すると消費されるものである。そして、消費した分の魔力は時間が経つことで自然と回復する。また、魔力は魔法を使わなくとも徐々に消費していく。ただし、回復する分が圧倒的に多いために、自然的な消費は普通ならば何の問題もない。

 しかし大魔女は、その自然となされる魔力の回復を制止させたのだ。これにより、回復されないにも関わらず、魔力は少しずつながらも消費されてしまう。生命力と同等の魔力が尽きたとき、それはその魔法師の死を意味する。


「もって1カ月、と言ったところでしょう」


 大魔女からの宣告。およそ1カ月後、アメルの命は魔力と共に尽き果てる。その事実に、タマはひどく焦燥した表情を浮かべる。その表情のまま、アメルの方へゆっくりと顔を向けた。


「タマ。帰りますよ」

「え?」


 タマが仰ぎ見たアメルの表情は、いつもと何ら変わりなかった。苦しげだった表情を先程まで浮かべていたとは思えない。用が済んだと分かればすぐに帰ろうとするその行動も、普段と変わりない。


「あ、主…!?」


 大魔女に背を向け、出口へと向かうアメルを慌ててタマが追いかけていく。魔方陣の元まで来たとき、アメルとタマの様子を静かに見つめていた大魔女が口を開いた。


「偉大な行いをするのです。アメリディス」


 大魔女から唐突に発せられた言葉。その言葉を聞いて、アメルは思わず歩みを止める。しかし、それもほんの一瞬のことだった。すぐにまた、アメルは出口へ足を進め、タマを引き連れ無言で部屋を後にした。


「…本当に、よろしかったのですか?」


 アメルたちが出て行ったのを見届け、大魔女の側近が大魔女へそう問いかけた。どこか心配するような、戸惑うような男の声。大魔女は暫く無言で俯き、目を伏せる。


「…あの子を見て、どう思いました」


 口を開いた大魔女からは、男の問いの答えではなかった。自身は答えず、さらに問い返した大魔女。しかし、男は気にする様子はなく、大魔女の問いに少し考えるそぶりを見せた。


「何事にも冷静と申しますか、頓着していないと申しますか…ただ」

「ただ?」

「侮れないお方であることは間違いないかと」


 そう言うと、男は出口近くにある魔法陣へと目を向ける。男が用意した移動の陣。その陣を見つめながら、さらに男は大魔女に対して言葉を続けた。


「アメリディス様は、あの魔法陣を一目見ただけで理解したようでした」


 男のその言葉に、大魔女も男と同じように魔法陣へと目を向ける。

 魔法陣がどのような効力を持つか知るには、その魔法陣の図を読み解いていく必要がある。また、その魔方陣を使用するには、魔方陣を完全に理解しなければならない。理解しないまま魔力を魔方陣に注いでも、魔方陣は機能しないのだ。

 そして今回、男が使用した移動の魔法陣は、とても細密に画かれていた。ただしその分、非常に複雑なものだった。そうなると、魔方陣自体の効果を知るだけでも困難となるのだ。しかし、アメルは初めて目にしたにも関わらず、その魔法陣を理解していた。実際に、アメルは帰るときに男の魔方陣を使用してこの部屋を出て行った。つまり、アメルは初めに見たそのときに、あの難解な図の魔法陣を読み解いていたのだ。


「あの魔方陣を理解するのに、効果を知るのでさえ私は膨大な時間を費やしたました。そんな自分がひどく馬鹿らしく思えるほど、あの方はあっさりと全てをご理解なされた」


 尊敬と、少しの嫉妬とが混じ合った複雑な表情。

 男は、決して凡骨ではない。大魔女の側近など、そうそう就ける地位ではない。忠誠心もさることながら、大魔女には劣るものの誰よりも魔法の才に秀でていなければなれない。そんな男でさえ、多くの時間を費やした魔方陣をも簡単に理解したアメル。

 アメルは、正真正銘の天才。

 

「そんなお方がなぜ、あのような遣い魔を従えているのか…」


 その言葉は、愚痴のように男の口から漏れる。

 男はアメルが従えていた遣い魔、タマを思い起こしていた。遣い魔を得るためには、膨大な魔力が必要となる。ただし、魔力があればよいというものではない。遣い魔を得るためには、移動の陣のように魔方陣を描かなければならない。その魔方陣は、今回男が使用した物とは比にならないほど複雑で難解である。そのため、遣い魔を呼び寄せるという行為は、最上級魔法の中でもさらに上の魔法であるとされているのだ。  


「あのような下級の遣い魔ではなく、もっと上級の遣い魔を呼び寄せることも可能でしょう」


 男の言うように、呼び出す遣い魔にも階級のようなものがある。それは、魔方陣に注いだ魔力の量や質で決まる。一説には、より正確に魔方陣を読み解いたかも関係すると言われている。

 そんな中、タマという遣い魔は、遣い魔の中でも下級のさらに下の底辺といってよいレベルである。タマから感じられる魔力の量は非常に少ない。また、遣い魔であるにも関わらずものを知らない。遣い魔は、人以上に知識があるものなのだ。それは、上級であればあるほど多くの知識と知恵を持っているのだ。


「貴方は勘違いをしています」

「?」


 男の言葉を静かに聞いていた大魔女。その大魔女から出てきた言葉に、男は小さく首を傾げた。


「あの子は、遣い魔を呼び寄せたかった訳ではないのです」

「どういうことです?」


 大魔女の言葉に、男は少し目を見張る。そして、思わずすぐさま聞き返す。男のその行動に無理もない。アメルは、遣い魔を呼び寄せておいて遣い魔を呼び寄せるのが目的ではなかったと言うのだ。それが一体どういうことなのか、男にはまったく理解できなかった。


「…いずれ、分かるときが来ます」


 返答をまつ男に、大魔女はたったそれだけ答えた。男の求める返答ではなかったが、大魔女からはそれ以上を言うつもりないという様子が伺えた。そして、その大魔女は瞳を閉じ、1つ深い息を吐き出した。


「最初の問いの答えですが…」


 大魔女の静かに言葉を紡ぎ出す。

 男は、その言葉をに耳を傾ける。


「大魔女として、ああするべきであったと思っています」

「…それでは、大魔女ではない貴女ご自身のお考えはいかがですか」


 さらなる男からの問い。その問いを聞き、大魔女は伏せていた目を開けて男へ視線を向ける。暫しの間、お互いに視線を通わせる。しかし、大魔女はその視線を外す。そして、そんな男の問いに応えることはなかった。



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