大魔女の側近
賢者の石の運搬を依頼した男が帰ってから暫くしたとき。本を読んでいたアメルはふと顔を上げた。そのアメルの視線の先には、家の入り口である扉。タマもアメルの視線をたどり、扉へと視線を向けた。
「客のようです」
誰に言うわけでもなく、アメルの口からそう静かに言葉が落ちる。アメルの言葉通り、家の戸が叩かれた。そして、1人の人物が現れた。その人物は黒色のローブをまとい、深くフードを被っている。フードために性別の判断は見た目からではできない
ただ、その人物のまとう雰囲気から、一般人でないことははっきりと伝わっていた。
「失礼いたします。こちらはアメリディス様のご自宅で間違いございませんでしょうか?」
「我が主、アメリディスの家で間違いありませんが、貴方は何者で?」
低い声からして、その人物は男。そんな怪しげな男の問いかけに、アメルではなくタマが答える。そして、タマはさらに男に質問を返した。
男は、タマの方へ顔をゆっくりと向ける。そして、口元に笑みを浮かべて見せた。しかし、その笑みは決して友好的な笑みではない。
「おや、アメリディス様の遣い魔であらせられるお方が、私めが何者でるかもお分かりになりませんか」
「っ!それはどういう意味でしょうか」
男が発した嫌みな返しに、タマは静かに怒りを露わにする。男の笑みは、タマを嘲るものだった。タマの怒りに、男はますます笑みを深めていく。
「落ち着きなさい」
男とタマの間に漂う、不穏な空気。その空気を払うかのように、アメルは静かに声を発した。そして、アメルはタマを抱き上げて、落ち着かせるかのようにその背を優しく一撫でした。
男は、そんなアメルとタマの様子をじっと見つめていた。
「タマ、こちらは大魔女の側近の方です」
「大魔女様の側近…?」
アメルの言葉に、タマは丸い目をさらに丸くする。そして今度は、まじまじと男に見つめた。
男のまとう黒色のローブには、黒色の細やかな刺繍が施されている。遠目では目立たないが、とても繊細な装飾である。そのローブは、代々大魔女の側近が身にまとうものであった。
「確かに、大魔女様の側近のようはありますが…」
「ご理解頂けたようで」
「…その側近殿が、我が主に一体どのようなご用件で」
男の見下すような態度に、タマも冷たい声で接する。なぜ男が、ここまでタマに対してそのような態度で接するのか。そんなことを考えながら、アメルはただ1人、静かに佇んでいた。
「アメリディス様をお迎えに参上致しました」
「迎え?」
「はい。大魔女様がアメリディス様をお呼びしております」
男の言葉に、アメルとタマは顔を見合わす。大魔女は、この国の頂点に君臨する存在。そんな大魔女が、細々と目立たぬ暮らすアメルに一体どのような用があるのか。
アメルとタマは暫し無言で見つめ合ってから、再び男に視線を向けた。
「分かりました。伺います」
「それでは早速ですが参りましょう。どうぞ外へ」
そう言って、男はアメルたちを外へ行くよう促す。アメルたちは、それに従い家の外へと出た。
扉を出てすぐ、つまりアメルの家の目の前。そこに、今まではなかった物が存在していた。その物に、アメルが少し目を見張る。
「これは…」
アメルたちの目の前には、直径2メートルほどの魔法陣が描かれていた。アメルはその魔法陣に近く。そして、覗き込むかのよう身を屈め、じっくりと隅々まで魔法陣に視線を巡らせた。
「移動の陣、ですね。とても細密に描かれている分、複雑ですが」
魔法陣を見つめながらそう呟いたアメル。
基本的に、魔法陣は特殊な記号や文字、線などを組み合わせて描かれる。その魔法陣の効力は、描かれている記号と文字の配列、魔法陣に巡らす線の数や位置で決まる。さらに、より細密に書き込むことでより多くの情報を魔法陣に与えることができる。
ただし、細密になるほど魔法陣は複雑化してしまう。よって、より多くの情報量を持つ魔法陣を描くには、非常に綿密な計算と多大な時間を有する。
「…さぁ、陣の中へ」
男は、興味深げに魔法陣を覗き込んでいたアメルを一瞥した。その視線は、少し驚きが含まれている。しかしすぐに、アメルたちを魔法陣の中へと促すよう声をかけた。
アメルはもう少し見ていたそうではあったが、それを言葉には出さず男の言葉に従う、アメルはタマを抱いたまま魔法陣の中へと足を進めた。それに続き、男も魔法陣の中に入り込んだ。
「それでは、大魔女様の元まで移動します」
そう言って男は、両手の平を下に向ける。すると、魔法陣全体がほんのりと光を帯びる。そして、男がゆっくりと瞳を閉じた。
光がいっそう強まったとき、家の前からアメルたちの姿が消え去った。