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とある魔女の歩む道  作者: いろは
1日目
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賢者の石


 魔法により栄えるとある国。その国は帝国と呼ばれる程の大きな国で、「大魔女」と呼ばれる人物により統治されていた。

 1000年前の戦争で活躍した1人の魔法師の女性が、戦争により荒れたこの国を立て直した。その人物こそ、初代の大魔女である。そして大魔女は、魔法の力を次代に伝え、また魔法の力により国を治める役目を担う存在となった。

 そんな大魔女が治める国にある街外れの森に、1人の魔法師が住んでいた。その人物の名はアメリディス、愛称をアメル。アメルは、人々からの依頼を引き受け、その報酬により細々と生活していた。

 今日もまた、アメルの元に1人の依頼人が訪者していた。


「『賢者の石』を、ですか?」

「はい。報酬はそれなりにお支払いいたします」


 依頼人の男は紳士風の装いで、言葉遣いもとても丁寧なもの。所作1つ取って見ても、無駄なく洗練されているように感じる。

 そんな男は、アメルの前に札束を1つ差し出した。その1束で、難なく1ヶ月は暮らしていけるであろう額だ。


「こちらは前金です。お受け取りください」


 そんな大金を、男はこともなげに前金と言い放つ。アメルは、男とその札束を一瞥してから、思考を巡らす。

 賢者の石に多額の依頼料、そして、目の前の男。それぞれについて思考が一巡する。暫くして、アメルは伏せ気味であった目を男へ向けた。


「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます」

「!」


 アメルの出した答えは、依頼拒否。

 迷いも惜しげもなく告げられたアメルの言葉に、男の表情に些かな驚きが浮かぶ。しかし、その表情を一瞬にして消し、男はアメルをじっと見つめた。

 見つめられるアメルも、それに答えるように見つめ返す。アメルは、気持ちに変わりはないとでも言うかのような目をしていた。


「…分かりました」


 少しして、男は諦めたような声色でそう声を漏らした。そして、ゆったりとした動作で札束を自身の鞄にしまう。男は鞄を閉じ、ソファから立ち上がる。アメルは、そんな男の動きを目で追っていた。


「もし気が変わりましたらご連絡下さい」

「そうさせて頂きます」


 自身への気休め程度に言葉をかける男に、アメルも社交辞令とばかりにそう言葉を返した。少なくとも今のアメルには、この男が持って来た依頼を受ける気はさらさらなかった。

 そんなアメルの様子に気が付いているようで、男は小さく苦笑を見せる。そして、無言で軽く頭を下げてから、静かに部屋を出て行った。


「主、よろしかったのですか?」

「タマ」


 男が出て行った後、猫がアメルへと近づき声をかけた。その猫をアメルはタマと呼び、見下ろした。タマと呼ばれた存在は、猫の姿をしたアメルの遣い魔で、また相棒でもあった。本来は、タマシアンテという名前であるが、アメルはタマと言う愛称で呼んでいる。


「…タマって呼ばないで下さい」


 タマはアメルの呼び名に対して、小さく不満の声を上げた。タマ自身は、その愛称をあまり気に入ってはいない様子だった。しかしアメルは、そんなタマの様子を気にすることなく、口を開いた。


「個人的にはとても興味あります。なんと言ってもあの『賢者の石』ですから」

「ならば、なぜ?」


 タマからのその問いかけに、アメルは少し目を細めた。そして、先程まで依頼人が座っていた場所を静かに見つめる。


「もともと、賢者の石は錬金術師たちが生み出した遺産です」


 賢者の石。

 それは、魔法の力を決定づけた戦争が起こるよりも以前のこと。錬金術師たちにより生み出された奇跡の石。

 賢者の石の作製を試み始めてから、およそ500年の歳月をかけて完成された物である。しかしそれ以降、賢者の石の生成はなされていない。


「生み出された事実は文献によりおよそ確かであるが、1000年前の戦争のさなかに紛失してしまった」

「その通り。賢者の石は、鉱石を金に変えるとも、人を不老不死にするとも言われています」


 錬金術の力の結晶。

 賢者の石は、そう言っても過言ではない代物であった。しかし、現在ではその賢者の石を作り出すことはできない。錬金術の最盛期ですら、賢者の石の作製の成功は奇跡とすら言われていた。事実、全く同様の方法で作成を試みたが、成功したという記述は残されていない。

 それにも関わらず、衰退してしまった現在の錬金術の技術で再現することなど、ほぼ不可能と言える。だからこそ、賢者の石は非常に貴重な物なのだ。


「そんな貴重な石を、なぜ魔法師に運搬の依頼をするのかが気になります」


 賢者の石は錬金術師たちの物。それを、魔法師が扱うのは些か違和感があった。また、先程の男が所持している賢者の石が、果たして本物であるかどうかアメルは怪しんでいた。


「さらに言えば、賢者の石ほどの物の運搬を、このような辺鄙な場所に住む魔法師に依頼するというのは不自然です。国立、または市民魔法師団に依頼するのが自然でしょう」

「…辺鄙な場所に住んでいるという自覚はあったんですね」

「えぇ、依頼をあまり受けないために」

「主…」


 タマの言葉に、アメルはしれっと言い放つ。

 アメルは依頼の報酬により生計を立てているものの、依頼をあまり受けたがらない。理由は、単に面倒だというものであった。

 そんなアメルに、タマは諦めたように1つ溜め息を吐き出した。このアメルの態度は、今に始まったものではない。そのため、いちいた気にしていては埒が開かないのだ。そのことを、タマはアメルの遣い魔になってから今までで学んで来た。


「つまり、あの依頼には裏があるとお考えで?」

「平たく言えば、そうですね」


 アメルのその言葉を聞いて、タマの表情は少し険しくなる。

 確かに、今回の依頼、と言うよりは依頼人に対して、タマも何か不穏なものを感じたのだ。その依頼を、アメルはやり過ごしはしたが、タマは何か嫌な予感がしていた。

 大変なことが起きるような、そんな予感が。



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