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Determination

 ダライガー山脈に程近い林の中にひっそりと立てられた小さな丸太小屋がある。

「まったく、こんな姿になっちまいやがって・・・」

 小屋の中央に儲けられた部屋で、たった一人卑屈に笑うクロノスがいた。

 クロノスの視線の先には、テーブルに置かれた人間の頭蓋骨がある。

 半年ほど前、アトラスで処刑されたレディン・クレイオ。その遺骨である。

 処刑され、風雨に晒され続けた遺体は白骨化していった。

 人々の関心も興味も薄れ始めた最近になってクロノスはアトラスよりレディンを救い出してきたのだった。

「遅くなっちまって悪ぃな。もっと早くあそこから連れ出してやりたかったんだが・・・

 本当はリムも一緒にと思ってたんだが、ミネルヴァに処理されちまってたんだ・・・悪ぃ・・・」

 申し訳無さ気に語りかけるクロノス。


 クロノスとアプリコットはロナルティンへ潜伏したレディンとリムを援助する為に、ゴーディアンで物資調達を行い、いざ向かおうとした矢先にレディン捕縛の話を耳にした。

 急いでアトラスへ駆けつけるも時既に遅く、処刑は完了していた。

 無惨に晒される友の亡骸を目前に、声を殺して泣いた。

 数時間後、涙は枯れ、呆然とレディンの亡骸を見詰め続けていた。

 クロノスはそこから動かず、その場に何時間も、日付が変わろうとも動こうとはしなかった。

 暫く傍観していたアプリコットが強引に宿に連れ帰ったのは3日後の事だった。

 しかし、クロノスは極度の心的疲労により衰弱し、数日間意識不明に陥る事になった。

 アプリコットの献身的な看病の元、身体は正常な状態に戻るも暫くは精神的に不安定となっていた。

 結局立ち直るのに一月もの時間を必要としたのだった。


「お前、満足そうな表情してたな。二人とも死んじまったっていうのに・・・。」

 クロノスは晒されていたレディンの首が表していた顔を思い出していた。

 その表情は安らかで満足そうに思えるのだった。

「ちくしょう・・・やっぱり俺もお前と一緒に死ねば・・・」

 歯を食いしばるクロノスは呪う様に言葉を漏らした。

「まだ、そんな事を言っているのか、クロノス。」

 ドアが開いてアプリコットが入ってきた。

 クロノスが精神不安定時にレディンの後を追う行動を取るときいつも口にしていた台詞を耳にしたアプリコットが怒気を含んだ口調で言う。

「何度もその話はしただろう。もう結論は出ているはずだ。」

 アプリコットはクロノスの向かいに腰掛けると溜息混じりに話した。

「・・・ああ、そうだな。だけど、こうやって目の前に、ヤツの髑髏ドクロがあるとさ、やっぱ駄目だわ。思い出しちまってな。」

 クロノスは遺骨から目を離さずに苦笑いしながら言った。

「ま、確かに久々の友人との再会だからな、今だけは思い出すなら思い出すがいい。

 悲しむなら悲しむがいい。

 泣きたいなら泣けばいい。

 それが人間だからな。

 だが、これから暫くは、当分思い出にふける暇は無しだ。

 そして俺たちは死ぬ事は許されない。俺がお前を、お前が俺を許さないと誓ったからな。」

 レディンの髑髏を見つめるアプリコットの瞳には、静かな炎が揺らめいているようにクロノスには見えた。

「ああ・・・・・・そうだ。俺たちには目的が出来んだ。

 だからレディン、悪いがそっちに行くのは遅れちまうんだ。

 いつもの事で悪いが暫く待っててくれな。」

 クロノスは待ち合わせに遅れたとき、よくレディンが言っていた台詞を思い出しながら呟いた。

「そう言う事だ。これから俺達は、俺達の手でこの世界を改変していく。

 お前の望んだ世界に近づけるために。」

 アプリコットもレディンの髑髏に向けて話し掛けた。クロノスはアプリコットを真摯に見つめると同意するよう頷いた。

「しっかし、アプリコットもすっかり男らしくなっちゃって。

 てっきり兄貴かと思っちまうぐらいだぜ。違和感あるよなレディン?」

「やめろよ。まあ、確かに前の丁寧口調には虫唾が走るがな。

 コレが元々の喋り方なんだし、中身的には変わりは無い。」

「なーに、俺も今の軽い口調のほうが話しやすいからいいさ。

 しかし、あんときは本当に驚いたぜ。別人かと思ったくらいだ。」

 クロノスはアプリコットの口調が変化した時の事を思い出した。

 レディンの死に対してアプリコットも激しい衝撃を受けていた。

 そのときのショックにより、本来の自分が表に出た。

 とアプリコットは平静を取り戻したクロノスに説明した。

 アプリコットが言うには、何でも昔行った魔法実験事故により、歳を取る事が無くなったという。

 そして何百年も、歳を取らずに生きていると、移り行く環境の変化と不老である自己に精神が違和感を感じるようになり、ついには限界が近付き、自我の崩壊を起こしかけたというのだ。

 そこで、何年か毎に自分に対して暗示をかけ、別人格を得て新しい人生を送る事で、精神崩壊を避けてきたのだという。

 現在ぶっきらぼうに話すアプリコットが本来の姿であり、クロノスやレディンが接していた時は暗示をかけた別人格だったのだ。

「もっと早く元に戻ってくれればな、レディン達にも何かアドバイスが出来たかもしれん。」

 アプリコットはそう言うと舌打ちした。

「確かに今のお前は何百年も前の知識も持ってるみたいだが、

 この世界がリリスを受け入れられないんじゃ、アドバイスがあっても結果は変わらなかっただろうな。」

「それでも、あれほどの人間を、むざむざ見殺しにするような真似はさせなかったはずだ。

 レディンはこんなに早く死ぬべきじゃなかった。

 今の俺なら軍隊だって相手に守ってやれたんだ・・・」

 静かに炎が揺らめくようにはき捨てるアプリコット。

「冷静沈着、理詰めだった前のアプリコットとは正反対の熱血さ加減だよな。

 お前のその思い、俺の悔しさ、それを全部ぶっつけて、この世界を変えるんだろ?」

 けらけらと笑うクロノスの瞳は真面目そのものだった。

「その通りだ。この先の未来において、リリスは今と同じ境遇になるだろう。

 レディンと同じ思い・・・志を受け継ぐ男もいずれ現れるだろう。

 そのとき二人の本懐を遂げさせる為にも、邪魔となるモノは排除しておかなければならない。」

 アプリコットが強い口調で言う。

「そうだ。その為のまず第一歩は、あのミネルヴァを・・・」

「そう。あのミネルヴァをだ。」

「「必ず、ぶっ潰す!!」」

 二人は合わせるように叫んだ。

 彼ら以外、誰も知らない丸太小屋で交わされた二人だけの決意を込めた約束。

 テーブルの上に置かれた髑髏だけが彼らの誓いを刻み込むのだった。

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