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pursuit

───飛空船

魔術師が魔石と呼ばれる魔力を秘めたる石を使い創造した船を模した空飛ぶ乗り物である。

魔石の中でも空魔石は魔術師の魔力に反応し宙に浮く性質があり、大きさは人間大から豆粒程度まで大小様々だ。

その空魔石を幾つも使い、丈夫な動物性の皮と麻を縫い合わせた生地を人間が乗り込む船の上部に取り付けるのだ。

複数の魔術師が船内で、それぞれ担当魔石を浮かせる事で船が空を自由に飛ぶ事ができるのだ。

しかし、便利な部分ばかりではなく、大きな飛空船には大きな魔石が幾つも必要になり、更にそれを制御する大勢の魔術師を用意しなければならない。

魔石を浮かび上がらせるにはそれほど高い能力がいるわけではない。

しかし、魔石を浮かせすぎても、その逆でもバランスは崩れる。

術者が担当する魔石の高さを他の術者との連携を取って平均値に維持しなければ、飛空船は満足に飛ぶことが出来ない。

また、動力にあたる魔術師が何らかの事情により飛行中に空魔石を制御出来なくなった場合、地上に落下して高確率で命を落とす事になる。

気休めとなるのが上部に設置した生地が落下中に空気抵抗を受けると、風船の様に膨らんで落下速度を幾ばくか緩める事が出来る。

この間に状況を立て直すなり脱出するなりの余裕が生まれるのだ。


このような不便さを伴う為、飛空船を所有する国は多々あれど、実際に運行させる国は少ない。

しかしミネルヴァの空軍となれば話は別である。

魔術師30名を用いて総勢2000名を一度に輸送できる大型飛空船を5機保持しており、

平時から特定の国家間を定期的に運行している為、魔術師達の連携も洗練されている。

今、ロナルティンに向けてその内の一機が進軍中であった。

前方が見渡せる広い窓が設置された操舵室からは遠くそびえるロナルティンが見えている。

それを見つめる紅い甲冑に身を包んだ初老と呼ぶには剛健な男が伝令係に報告を受けていた。

「ギルド登録の薬剤師エーリュマン・トスよりの報告によりますと、

ロナルティン南側の中腹に設置されている簡易休憩施設にてレディン・クレイオと思われる者が居たとあります。」

「レディン・クレイオであるという判断基準とは?」

「エーリュマンは平時は薬剤師として主に薬草などを採取する業務についておりますが、本業は隠密偵察にあるそうです。

エーリュマン自身が以前レディン・クレイオを目撃した事があり、今回目撃した人物は若い女性を同伴していたという事です。

その女性というのが手配書のリリスと酷似していたともあります。」

「我が隊が進撃するに値する信憑性があると?」

「はい。ディアナ元帥が予測していた進路の一つと一致すると仰っているようです。」

「予測だと?」

紅甲冑の男はディアナと言う名前を耳にして見るからに不愉快そうな顔をした。

ディアナ・ソー。ミネルヴァ初の女性元帥にてミネルヴァ軍第二師団を預かる元帥である。

個人戦闘能力は低いものの、団体戦となると他の元帥に引けを取らない采配を振るう。

しかし、女の身でありながら戦場に身を委ねる事を蔑まれ、ミネルヴァ内でも女狐などと呼ばれている。

また、彼女は捕虜の拷問を自ら嬉々として行う事が有名で、情報を聞きだした後も虐め続けるという歪んだ性癖も蔑まれる一因となっている。

だが、皮肉な事にこの過激な拷問の成果で幾度となく重要な情報を得る事が出来た事も事実であり、国王であるユピテルですら御咎め無しとしている。

「第二師団がライディンの森を包囲をした際、森から脱出してきたという人物を保護し、その者の協力の下、有力な情報を得る事に成功し、レディン・クレイオの足取りを予測できたのだと・・・」

「協力だと・・・?ふん、聴こえがいい言葉だな。

実際あの女狐が拷問して情報を聞き出したのであろう。

いわばレディン・クレイオによる被害者なのだろう。彼らも女狐相手では弱り目に祟り目であるな。」

男は表情こそ変わらぬものの同情の意を口にした。

「いえ、”彼ら”ではないようです。

今回ギルドより発効されたリリス捕獲任務に志願していたフリアエという戦士団でして、その女性団長ティシフォネ・フリアエからの単独情報だそうです。」

「女か・・・あの女狐めの悦楽に歪んだ顔が造作も無く浮びよるわ。それで、その者は死んだのか?」

「いえ、まだ生かされているようです。ディアナ元帥の命令で師団と共に同行しているようです。」

「人質か、見せしめか・・・どちらにしてもそのフリアエという者には災難であったな。

レディンなどという反逆者と接点を持ったが為に人生を棒に振ることになろうとは。」

「・・・・・・」

伝令係は何も言えずにいた。

「して、作戦は?我らが山頂付近より反逆者を追い込み、下山した所を待ち構えたディアナの軍勢が包囲し捕縛する・・・とでも言うのだろう?」

「仰るとおりです。麓では第二師団が包囲網を展開、空から我々飛空船団第三隊でレディン・クレイオを挟撃します。」

「ふん。つまらん作戦だ。」

男はつまらなそうに言うと一度足踏をすると紅い甲冑ががちゃりと音を立てた。

「今回はユピテル閣下自らディアナ元帥をご指名なさい、全権を与えましたから・・・」

「解かっておる。閣下のご命令でなければ、あのような女狐との共闘などありえぬわ。

伝令!ロナルティン到着後、至急頂上付近にて降下地点を2箇所探せ!部隊を一千に分けて降下させる!」

「ご命令のままに、テルスガイア元帥」

紅甲冑の男の命令に敬礼を持って答える伝令係。

飛空船団元帥テルスガイア・ヒュドゥラ・・・空旋の覇者と呼ばれる猛将である。

その名はミネルヴァに留まらず、世界中に馳せている。

小型の飛空船団を用いた戦略は、予想だにしない場所からの攻撃を可能にし、敵戦力の分断、混乱、士気低下など戦勢を自在に操る。

数多の戦場で勝ち続けてきた無敗の将である。

「神々の反逆者か・・・ふん、何処まで楽しませてくれるのやら・・・くっくっく。」

窓には一段と近づいてきたロナルティンが映っていた。

ロナルティンを見下ろすテルスガイアの低い笑い声が室内に響くのであった。

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