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暫く簡易的な休息を取る為に閉じていた目を開き顔を上げ、意識を小屋の外へ向ける。

「・・・・・・」

レディンは何者かがこちらへ向かってくる気配を察知した。

既に日も落ち、登山者などもくるはずは無い。

しかし確実に気配の持ち主は小屋へと向かっている。

殺気などは感じられず、焦りや隠密といった行動も感じられなかった。

本当にこの山に来ていた者かもしれない。

レディンはそう判断し、成り行きに任せることにした。

暫くして、小屋の扉が開いて、小柄な男が同じくらいの袋を背負って入ってきた。

「おや、こんばんわ。此処に人が居るなんて珍しい。」

小太りだが、鈍重そうな印象は無く、立派な髭を蓄えた初老の男が目を細めて和やかな表情で言う。

「見たところ騎士か戦士のようだが、訓練か修行かな?」

中に入り扉を閉めると、レディン達とは通路を挟んだ反対方向の板の間へと荷物を降ろす。

軽武装とはいえ、鎧に身を包まれたレディンの格好に特別驚く事も無く聞いてくる。

「ええ、そのようなものです。失礼ですがそちらは?」

レディンは平静を装いつつも気を抜かず初老の男を観察する。

早くも追手が素性を隠して近づいてきたのか、違うとしても自分達に危害を加えるのかと。

自分達の不利になるような発言をしないように慎重に会話を交わす。

「ワシは薬草取りじゃよ。ちょいと希少種をギルドに頼まれたんでな。」

先ほど置いた袋をぽんぽんと叩く。

このロナルティントでは標高が高い中腹より上の場所では希少種の高山植物が群生している。

だが、この広大な山のそれも一部にしか群生していない希少種を発見採取する事は一般人では困難である。

そのためギルドは専門家を通して依頼を通達する。

この初老の男はその類の職業なのだろう。

「そうですか、それはご苦労様です。目的の物は発見できましたか?」

「あぁ、何とか目標数は確保できたんじゃが、採取場所の固体数自体少なくなってきたんでな、幾つか回ってるうちに遅い時間になってしまった。また別の場所を探さにゃならん。がっはっは。」

少しも落ち込んでいない風体で豪快に笑い始める。

「おっと、すまんすまん、お連れさんはもうお休みしとるんじゃな。」

レディンの横で毛布に包まるリムを見て、慌てて笑いを殺す。

「お気遣い有難う御座います。」

レディンは素直に頭を下げた。

「いやいや、ワシも今日は疲れた。ここらで休ませてもらうとしよう。」

男は板の間にそのまま寝そべり、就寝することにしたようだ。

「ええ、お疲れ様でした。良い眠りを。」

「ああ、あんたもな、それじゃお休み。」

そう言って暫く後、寝息が聞こえてきた。

男の姿を暫く凝視していたレディンだが、特に不穏なものを見出せず、無害であると判断した。

再び室内に静寂が戻ってきた。

レディンは再び眼を閉じ、身体を休める事にした。


早朝と呼ぶには早過ぎ、深夜と呼ぶには遅過ぎる。

そんな朝と夜の間の時間、かたりという音でレディンは目を覚ました。

蓄積された疲労感からか、レディンは知らず知らず深く寝入っていた。

覚醒した意識が緊急性を要して状況判断を開始する。

あたりを見渡しても誰もおらず、特に変化は見かけられ無い。

リムは同じ位置で穏やかな寝息を立てている。

小屋の外に意識を集中し、気配を探るも特に怪しい気配は無く、風の吹き荒ぶ音が響いている。

呼吸を整え小さくなった火に薪を加える。

「知らずに眠りに落ちているなんて、思ってる以上に消耗しているみたいだ。」

反省の色が取れる独り言が洩れる。

しかし、一息ついたとき、周りに誰も居ないと判断した事が頭に引っかかる。

そう、自分の隣にまったくの気配が無い事に戦慄を覚える。

視線を移すと隣の板の間で眠りについていた薬草取りの男が忽然と居なくなっていた。

既に起きて下山したのだろうか。

しかしそれにしては出て行くときに自分が気が着かないはずが無い。

自分はそれほどまでに深く寝入ってしまっていたのだろうか。

様々な可能性を挙げては潰してゆく。

胸騒ぎが収まらず、不明瞭な不安感が急に増してゆく。

自衛基幹が危険信号を察知し、警笛を鳴らしはじめる。

本能による強制意識がここに居るのは危険だと、今すぐどこか別の場所に移動しろと駆り立てる。

「すぅ・・・はぁ・・・・・・」

レディンは大きく一つの深呼吸をする。

これからやらねばならぬ事を最短で纏め上げる。

「・・・」

そして無言で身支度を始める。

装備品は全て装備し、小さく纏めた生活必需品は袋に入れ紐で腰に縛り付ける。

一度小屋の扉を開け放ち、辺りに人の気配が無いことを確認する。

未だ毛布に包まり寝息を立てるリムを優しく毛布ごと抱え込むと、全速力で開け放たれた扉から飛び出してゆく。

向かうはロナルティンの山頂方面へ。

より険しく、より困難な道のりで、追手から逃げ切る時間を少しでも引き伸ばすためである。

しかし、レディンは自分でも焦りが生じていることを理解していた。

リムを抱えているとはいえ、移動速度が思うように出せないのである。

自分の全力はこの程度ではない事を知っている。

そして自分は全力を出している筈である。

この矛盾する思考から導き出された答えにレディンの頬に一筋の汗が流れ落ちた。

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