Lilith encounters
ティシフォネは目が醒めた。
そこは苔と芝が茂る平地だった。
自分は何時、何処で、何をしていたのか直に状況を確認する。
ティシフォネはレディンに当身を食らい気絶した事を思いだした。
「ちぃっ!」
自覚すると急速に悔しさが溢れ出し、苦々しそうに舌打ちする。
「女だから・・・殺さずってことかい勇者さんよぉ。
あぁあっ!負けた負けた!!
あんだけ色々したのに、負けちまった!
本当に・・・上には上がいて、嫌になっちまうぜ!!
・・・・・・・・・しかし、ここは何処だ?」
一通り独白をすませると、気分を入れ替え辺りを見渡す。
すると、自分が気絶した場所ではないことがわかった。
広く円形に開けた空間で、ここだけ少し木漏れ日も射し込んでいて明るい。
中央には焚き火の後があり、直感でレディンの拠点だと推測した。
手足を縛られたり、自由を奪うような事はされていない。
ここは、とても静かな、まるで教会に居るかのような静寂に満ちていた。
この森には現在大勢の追撃者が立ち入ったはずなのに、それらしい声は聞こえてこない。
「・・・全滅したか?ハン、まさかな。」
そう言って自嘲したが、その予想が的中しているだろう事を肌で感じ取るのだった。
「とりあえず、この辛気臭い森からでるとするかね・・・」
ティシフォネは 幾ら筋力を付けても太くならない自分の手足をほぐし、全体の柔軟を始め、五体満足な事を確認する。
「さて・・・と」
動き出そうとしたが、現在の自分の位置がわからない。
「まいったね・・・・・・お?」
何気なく目に入った大木に古い案内板を見つけた。
目立つ大木にコケだらけでは有るが、書いてある文字は読みとれる。
「なになに・・・東直進ゴウラィオン平原・・・?」
ゴウラィオン高原とはダライガー山脈とライディンの森とに隣接する広い平原であり、
小さな集落が点在し、主要都市への街道も整備されている。
「へぇ、誰だか知らないけど、便利なもん造ってあるんだねぇ。」
案内板には矢印で東の方向を指す絵まで書いてあった。
「ゴウラィオンに出りゃ、どうにでもならーね。」
ティシフォネは鼻歌交じりで案内板の示す方向へ歩き出した。
先程の広場から抜けると急に暗くなる。
明るい場所に慣れた目で移動を始めた為である。
それを抜きにしても森の木々が幾重にも重なり覆い茂らせた枝葉が太陽の光りを遮るからだ。
太陽の昇り沈みをみたり、夜空の星などを目印に方向を知る方法がこの森では使えない。
かなり卓越した方向感覚を持った者でないと、先程の案内板の通りの方向を進んでも、木々の合間を縫って進んでいる内に、直進できなくなり、森の中をさ迷う羽目になるだろう。
幸いティシフォネには問題にするほどの事ではないようだ。
木々を避けながらも進むべき方角からずれる事は無い。
しばらく進んでいく内に、何かの気配を察知した。
「・・・誰だ?」
ティシフォネは歩みを止め集中する。
自分の部下や、敵対するグループの者ならば少なからず殺気をはらんだ気配のはずであるが、今知覚している気配の持ち主には殺気がまったく感じられない。
ともすれば小動物と勘違いしてしまいそうになるほどだった。
注意深く相手の気配の位置を感じ取る。
まだかなり距離は離れている様で相手はこちらに気がついていない。
ティシフォネの経験がこの気配は意思有る者・・・つまり人間のものであると判断する。
「畜生じゃあないと思うが・・・変だね、こんな森に殺気も無く入ってる奴なんざぁ・・・・・・」
そこまで言って思案する。
「もしかして、これがリリスなのかぃ?」
思いついて吹き出す。
「ぎゃはは!なんて巡り合わせなんだろうね!この結末を勇者様が知ったらどう思うことかねぇ!!」
ティシフォネは歓喜に満ちた感情を力へと変換し、気配の主の元へと駆け抜けて行った。




