Rematch
突然の来訪者に、睨み合う二つの勢力は驚き混乱した。
主要な街で、大きく噂になっているのはリリスの話だけではない。
2年近く人々の前から姿を消している勇者の話もその一つだ。
そしてその勇者が何の前触も無く目前へ、睨み合っている境界に踊り出てきたのだ。
「れ、レディン様!?」
その姿を見たアレスマルス騎士の1人が声をあげる。
途端、回りに集まっている者達がざわめき始める。
これから西方大陸へ向かうアレスマルス騎士にとって魔族討伐の功労者であり、弱きを助けるその信念から、勇者と賞賛されるレディンは羨望の対象であり、目指す目標である。
先ほど声をあげた騎士も語り聞くレディンに憧れ、魔族討伐を志願したのだった。
一方テュポン戦士団の面々は違う緊張感に満ちていた。
すでに団内ではフェパイスト殺害の出来事が周知の事実であり、その犯人が目の前に現れた勇者レディンだからである。
「一度だけ言う。即刻この場より全員立ち去れ。」
特に低くも無く、脅し掛かった口調でもない、普通の台詞。
だが、その場に居合わせた面々が、首元に刃物を突き付けられた様な悪寒が走る。
そして悪寒から来る脂汗が全身から吹き出していた。
アレスマルス騎士の面々はそれだけで怯えた表情を隠しもせず退散していった。
もとより勇者レディンと渡り合おう等という度胸の据わった人物が居る筈もなく、興味半分でリリスを追いまわしていた幼稚な精神の持ち主だったのだ。
しかし、テュポン戦士団は違った。
各々が武器を握りなおし、臨戦体勢に入り込んでいた。
そんな団員達を制す様に大柄の男がレディンの前に現れた。
「団長!早く号令を!!副団長補佐の仇をうちやしょう!!」
そばに居た頬に刀傷がある男が待ちわびた様に言う。
「・・・・・・」
「うぇっ!?タイマン勝負がしたい?!」
その言葉に戦闘に集中し始めた面々が又もざわめき立つ。
「・・・・・・」
「いや、文句なんてねぇですけど・・・わかりやした。野郎共!団長がこれから一騎撃ちをする!
もし、万が一団長が負けるような事になったら、この一件は手討ちにして俺達ぁここから撤収する!!」
「おおおおおおおおおおぅ!!!」
刀傷の男の言葉に団員達は雄叫びで答える。
自分達が所属するこの戦士団の団長が負けるわけがない。
勝利を確信しての雄たけびであった。
「・・・この話受けてくれるかい?」
刀傷の男はレディン向き直り、正式に申し込みをする。
「了解した。この一騎撃ち、お受けしよう。」
「へへ、あんたは副団長補佐の仇だが、話の判る男は嫌いじゃねぇ。
団長もそういう所が気に入っちまったのかね・・・」
刀傷の男は苦笑しながらレディンとテュポンを残し、他の団員達と共に二人から距離を置いた。
テュポンは背中に固定してあった巨大な斧を外し、両手で横に構えを取った。
彼の”鋭槍”の二つ名は、得物を差すのではなく、その突破力を差すものであり、彼の相棒は年季の入った、しかししっかりと手入れされている戦斧であった。
それを見たレディンも腰から剣を抜き、正眼に剣を構えた。
そして一騎撃ちは始る。
先制攻撃を仕掛けたのはテュポンだった。
彼は刃の大きさだけで荷車の車輪ほども有る巨大戦斧を軽々と振りまわしている。
レディンもこの重量の戦斧を剣で受け止めることは出来きず、避けるしかなかった。
しかし攻撃を避けながら一撃を当てられるほど余裕も無い。
それは剣戟を出せても、戦斧を盾にすることで防がれ、攻撃の当たらない状態が続いていたからだ。
また、テュポンも素早いレディンに狙いが定まらず、時折来る剣戟を戦斧で受けるという行動しか取れなかった。
しばしの間これらの攻防が繰り返されていた。
と、急に計ったように二人同時に動きを止めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言でにらみ合う二人
お互いが埒のあかないやり取りを止め、必殺の一撃を繰り出そうと集中する。
先に動いたのは、又もテュポンだった。
真上に振り上げた戦斧をそのまま力任せに地面に叩き付ける。
まるで爆発したかのような、凄まじい轟音と土砂が巻き上がる。
そしてそれはテュポンの意図通りにレディンへ向かう。
レディンは上段の構えで集中したまま動こうとしない。
土砂が巻き起こるや否や、テュポンは地面に深く沈んだ戦斧を素早く引き抜くと腰の辺りで横に構え、そのまま回転し始めた。
戦斧の重量を利用し、自身を回転の中心、コマの心棒の役割とし、更に加速させ、遠心力の最高潮で投げ放つ。
土砂を目隠しに、高速で戦斧が空気を切り裂きレディンを襲う。
レディンは土砂を避けることも、あえて動く事無く迎え撃つ。
集中力は頂点に達し、上段に構えた剣はレディンの氣が十二分にのった状態である。
レディンは臆することなく、気合一閃、眼で追えぬ程のスピードで剣を袈裟懸に振り下ろした。
剣筋が土砂と混じわると爆散し相克する。
一瞬で視界が良くなり、その後ろから戦斧が空気を唸らせ、すぐ傍まで迫っていた。
しかしレディンの尋常ならざる速さで振り下ろされた剣戟から、一瞬遅れて衝撃波をつくり戦斧を両断する。
遠心力まで殺しきれなかった為、二つに割られながらもそれぞれが回転を続けながらレディンの左右をすり抜けていった。
衝撃波は戦斧を両断した勢いそのまま直線上に居たテュポンを襲った。
見えたのではない、直感で半身をずらしていたテュポンは左腕と左足を切断されていた。
そしてバランスを崩し、その場に崩れ落ちた。
周りで事の終末を見ていた団員達が我に帰りテュポンの元へ駆け寄る。
レディンはその場に倒れたテュポンを見つめる。
テュポンも団員達に応急手当を受けながらもレディンの瞳を見返す。
暫しの沈黙。
団員達の悲痛な話し声と手当てをする作業音だけが流れる。
刀傷の男がレディンとテュポンの間に立つ。
「これで、一騎撃ちを終了する!」
そう団員達に宣言する。
「勝ちはあんただ。自己紹介が遅れちまったが、俺はデュオニス・メガイラ。
この戦士団の副団長だ。残念だが団長のトドメはやらせれねぇ。
宣言通り、大人しくこの場を立去る。見逃してくれねぇ?」
軽くおどけて見えるデュニオスだったが、内心は緊張で手に汗が止まらなかった。
レディンはテュポンとデュニオスを交互に見やると、剣を鞘に収め、頭を下げ一礼した。
が、すぐさま踵を返し、森の奥へと消えていった。
「ふぃぃ・・・恐いガキだねぇ・・・団長も満足でやしょ?
あんな凄ぇ奴とは中々お目見えできやせんからねぇ。」
テュポンは含み笑うと縋り付く団員達に支えられ、デュニオス達と共に街へと引き返していった。