meeting again
ダライガー山脈は大小の山々が6つ連なる場所である。
主要都市ではここでリリスを目撃、山狩りをしていた村人が4人殺されたと噂が広まっていた。
当初ジーグ村を目指していたクロノスたちは”臆病な山猫亭”でその噂を聞いてやってきた。
「ここで、4日前に山狩りした者たちが殺害されたのですね?」
「ああ、そしてそれは首を剣一振りでハネられてた・・・。」
クロノスの表情は消沈している。
「・・・・・・やめますか?」
「え?」
アプリコットはクロノスの瞳を覗きながら言う。
「貴方は此処に辿り着いて、村人を殺害したのはレディンだと実感してしまっている。」
「・・・・・・」
「レディン失踪に心当たりがあるとはこの事だったのですね・・・」
「ああ、あいつは二年前ジーグ村で、村長たちに処刑された少女の亡骸を見た。
あいつはリリスなんて信じちゃいなかった。
何百年も不老で殺されても復活するなんて、俺も信じちゃいない。
だけど、現実にこの世の奴らはリリスの存在を信じ、手配書を信じ、リリスを殺せば平和になる、なんて昔の神様が言ったらしい言葉を鵜呑みにしている。
そして信じれば、信じているからリリスを殺す。
ジーグ村の連中を苦しめていたドラゴンを俺達が退治したとき、それは喜んでいた、誰もが幸せそうだった。
レディンも俺達も彼らの役に立ったと思ってた。
これでもう、彼らは無下に死ぬことはなくなったと。
だが、そんな彼らは平然と同属殺しをしていながら、悪びれたそぶりも見せなかった。
それは盲信しているから・・・リリスは人間じゃないと洗脳されているから。
だから仕方無いのかもしれない。
けど、レディンは、兵士でもない人間が村娘のような人間を殺せる、そんな人間達を護る事に疑問を感じちまった。
信じていた心に・・・ひびを入れられちまった。
見ていられなかったぜ、あいつがリリスと呼ばれた少女の首を埋葬したときの表情。
顔面蒼白でよ・・・目の焦点が合って無くてな・・・消えてなくなりそうだった。
あの勇者と呼ばれた男がだぜ?!誰もが恐れる畏怖の対象である魔族相手にだって、ものすげぇ化け物相手にだって、泣き言も吐かず、決して諦めなかったアイツが・・・あんな姿見せるなんて・・・」
クロノスは淡々と台詞を続けた。
レディンを探し始めて一年。その以前から自問してきたものだった。
この問いに対する怒り、哀れみ、悲しみ、情け、その全てをすり減らした。
あとはレディンが変わっていないことを信じるしかなかった。
たとえ、すでに可能性の有る事件が発生していたとしても、自分の目で見て、本人に聞くまで、信じることをやめるわけには行かなかったのだ。
「わかりました。まだ、レディンの犯行と決定したわけではありません。
直接彼に問いただしましょう。
貴方がどうするかなんて・・・それからでも遅くないでしょう?」
「ん・・・そうだな。サンキュ、やっぱお前に話してよかった。」
「まあ、その辺の人が聞けば変人狂人扱いされるような内容でしたからね。」
アプリコットは笑いを含みつつ言う。
「そーだよなー。人類の敵、災いの元凶リリス・・・それを人間から護ってるなんてなー。出来の悪い喜劇みたいだぜ。」
少しだけ元気を取り戻したのか、いつもの口調に戻るクロノス。
「それで、これからどうしましょう?」
「そうだな・・・4日前にこの辺りだったんなら、もう居なくなってると思うが・・・念のためにハッパかけてみるか?」
「さて、どんな方法でいきましょうか?」
しばらく悩む二人・・・するとクロノスが何かを思いついたように口端を上げる。
「あそこにある背の高い木があるだろ?あれにカミナリ落としてくれ。うんと派手な奴な!」
クロノスの指差したのは林を踏み込んだ先にある周りの木より飛び出している大木だった。
「・・・何を思いついたかと思えば、単純明快かつ大胆極まりないですね・・・」
「近くにあいつが居れば、俺達を必ず見つけにくる。居なければ・・・ただの落雷として、大事にはならないさ。」
ケラケラと笑っていいのけるクロノス。
「人事だと思って軽く言ってくれますね。しかし、それが一番早い手段であることはわかりました。」
アプリコットは地面に円と三角そして四角を組み合わせた法図式を描いた。
「雷の精霊さん、私の願いを聞き届けてくださいな。」
描かれた法図式の上に立ち、目を閉じて集中する。
「あいかわらず簡単でわかりやすい呪文だなあ。」
ぼそりと小さくつぶやくクロノス。
しばらくするとアプリコットの周りに黄色い閃光が短く光りだした。
傍から見るとアプリコット自体が放電しているように見えなくも無い。
そしてそれは突如大きく光るとアプリコットの真上に伸び上がり、そのまま放物線を描きながらクロノスの指した大木へ直撃する。
すさまじい爆音と大木の引き裂かれる音があたりを支配する。
「っくぁーーー派手でいいねぇ!」
「勝手なことを・・・ありがとう精霊さん。」
上機嫌なクロノスに対し、平然としているアプリコット。
目標にされた大木は真っ二つに裂け、上半分は炭になり、幹に近い残りの部分は小さな火がともっていた。
「いやはやいつ見てもすげえなあ。精霊使いってのは。」
「決してすごくなんかありません。ただお願いして力を借りているだけですから。」
アプリコットは精霊使いと呼ばれる魔術師である。
魔法使いとは、世界や物質に含まれる魔力を公式や法則をもって自在に操る人のことを指す。
魔力を行使する方法は別にもある。
そのひとつが今アプリコットが使用した精霊召喚である。
この世界に存在するすべての物質に宿る精霊に協力してもらうことで様様な出来事を行う人を精霊使いという。
精霊は普段からその場所に居ることが多い。
ただ人に見えないだけなのだ。
精霊に好意的で、敬い尊重する、一種宗教的な思想で彼らの信頼を得て友好関係を結んだ者しか助力を授かる事は出来ない。
数多の人間が精霊使いを目指し、修行を重ねるが、実際に精霊と心を通じ合えるのはほぼ皆無である。
その方法は口伝、書物に残されようと、実践し、己の者に出来たものはこの世の表舞台に出ることは無い。
精霊使いとなった彼らは精霊を敬う。彼らの信頼を裏切ることは出来ない。
表舞台に上るということは彼らの信頼を裏切る機会を自ら作り出すことになるのだ。
ドス黒い欲望や、利権まみれの汚濁した精神などに精霊は共感を得ない。
故に精霊使いとは伝説上のもので、実際には使用不可能だと、酷い者は出鱈目であるともいうほどだった。
アプリコットは精霊使いである。
しかし、過去の精霊使いがそうするように、彼もまた歴史の表に出ることはない。
ギルドに登録することもなく、慈善や偽善で人々を助けて回るわけでもない。
ただ、己の精進のため、力を貸してくれる精霊の為に生きている。
彼が”人間”の生活をするのは奇異の目をもたれない為の隠れみのの役割にすぎない。
レディンやクロノスのようなごく少数の人間にしか正体をあらわすことは無い。
そして彼らのような信頼に値する人間にしかその力を貸し与えることも無い。
それはまるで、精霊使いと精霊との信頼関係に酷似している。
「よし、それじゃあそこの近所で待ってますか。」
「・・・来るでしょうか?」
「来るぜ。」
「こういうときの貴方の勘は怖いぐらいに的中しますからね。安心して待っていましょう。」
二人は煙を上げる大木に向かって歩き出した。
しばらく進むとクロノスとアプリコットの顔から余裕が消えた。
大木めがけて一直線に進んでいる。
その目的地になじみのある気配を感じているからだ。
それはその存在を知らしめるかのように強く放たれている。
「これだけ気配だしてちゃ隠密失格だな。」
「私たちを呼んでいるのでしょう。」
その言葉を裏付けるように、大木の下にレディンはいた。
「・・・クロノス・・・アプリコットまで・・・・・・」
二人を見たレディンの声色には動揺の陰りを含んでいた。
「よう。1年半ぶりか?ははっそういえばバルディオスの竜退治にいくときも同じような挨拶してたな。」
「お久しぶりですレディン。貴方と最後に顔を合わせてから4年は経つでしょうか。」
「・・・・・・何しに来たんだ?」
警戒色を含んだ台詞を話すレディン。
「そりゃ・・・」
「単刀直入に聞きます。今の貴方は何をしているのですか?」
クロノスを制しアプリコットが詰問する。
「・・・・・・」
レディンは二人を睨むように見つめる。
「私達には話せませんか?話せないような事を貴方は、今実行しているのですか?」
「あ、あのさ、もしかして俺達の勘違いかもしれないんだけどさ・・・」
「クロノス、貴方はいいです。今は私がレディンと話しているのです。黙っていてください。」
歯切れの悪い会話のクロノスを完全に黙らせる。
アプリコットはクロノスがまだ迷い、自分の気持ちにも踏ん切りを着けられないで居る事を理解していた。
だからこそ、この会話は自分が主導の元しなければならない事も理解していた。
クロノスとレディンだけでは感情のぶつけ合いにしかならないであろうことは予測できたからだ。
「話せないのなら私の問いに頷くだけで結構です。
それでは伺います。貴方は今、リリスを護っている。そうですね?」
その直接な質問にクロノスが息を呑む。
たいするレディンは無言のまま首を立てに振った。
「わかりました。次にリリスを護るがゆえに人間を殺しましたね?」
レディンは二人に聞こえるほど歯を食いしばりながら頷いた。
「お前やっぱり・・・本当に・・・」
それを見たクロノスが力が抜けるように吐き出した。
「半月ほど前・・・初めて彼女を・・・リリスを見た。」
終始無言だったレディンがぼつりぼつりと語り始めた。
「見て驚かされたよ。只の少女だった。本当に何の変哲も無い只の少女だった。
手配書に描かれた特徴はよく彼女を捕らえていたよ。
多少の違いを覗けば本人であることは断定できるほどよく似ていた。
しかし、だからといって彼女がリリスである証拠があるわけじゃない!
それをこの世の人間達は手配書に似ているという理由から、何人も殺してきた・・・
リリスという存在が実際にいるとしよう・・・今の彼女がリリスだとしてだ、
気の遠くなる昔、あんな年端の行かない年齢の時から延々と殺されてきたんだ!
家族との暖かな生活も、胸踊る将来の夢を語る友も、生涯を友にする異性との出会いや恋愛も!
全て他人のせいで彼女は無くしているんだ!!
それだけじゃない!ただ殺されるだけじゃない!!
リリスを殺そうとする人間達に・・・およそ人間が抱くタブーをその身体に行われてきたんだ!
彼女がいったい何をしてきたっていうんだ・・・
いままで読んだ書物には予想や推測されたものばかりだった。
強大な秘めた力があり、山一つ消した、捕縛しようとした軍隊を一瞬で消し炭にした、魔王の花嫁だ・・・どれも今の彼女に当てはまらない童話めいたものばかりだ。
男達に追いまわされてもそのか弱い身体を酷使してひたすら逃げ回るだけだった・・・抵抗するなんて一度も無かった。
強大な力があるなら、彼女はそれで身を護ってるはずだ、日々自分を狙う人間達をそれで逆に葬ってしまえばいい。
しかし、結局彼女は逃げることを選んでる、自分が傷ついても相手を傷つけない方法を選んでいる!
そんな彼女はドス黒い欲望だけで弄ぼうとする人間達にも情けをかけているんだ!!」
「レディンお前・・・・・・」
「許せないんだ・・・どうしても人間が許せないんだ・・・・・・。
でも、嫌いになりきれない・・・だから・・・どうしたらいいのかわからない。
わからない・・・けど彼女に迫る危険は回避できる、回避させられる。
だから俺は彼女のそばで護り続ける。
邪悪な人間に追い回されず、ひっそりと平穏無事に過ごせるよう、そして、できることなら人間に戻らせてやりたい。
そのためなら・・・自分の心を潰しでも人間を退ける!」
「馬鹿野郎!それじゃあ、全世界の人間と、神をも敵に回す気かよっ!?」
「俺は彼女を護る。それが人類を・・・神を敵に回すというのなら、望むところだ、この異常な狂乱が終わるその時まで、相手をしてやるだけだ!!」
レディンは踵を返すと振り返りもせず立ち去っていった。
「レ、レディン・・・・・・」
クロノスはその場で膝を付いてうなだれた。
自分の中のレディンが、信じていた親友があれほど変貌していたのだ。
想像していた一番最悪の形が具現化している。
「クロノス・・・」
アプリコットが声をかけるが、クロノスは反応しない。
「レディンは人間の暗黒面をリリスという存在を通して観てしまったのですね。
人間は光と闇、両面を持つ不思議な生き物です。
光ばかりを見て、それを信じてきた彼には闇の部分を受け留めるには心が純粋すぎたのでしょう。
拒絶することで今を保っている不安定な状態です。
人間に失望することで、リリスを護る事で自分の存在意義を見出しているのですね。
このままでは人類はレディンを排除する方向で動き始めるでしょう。
災厄の源、人類の共通の敵であるリリスを守護するなど知られれば、近隣諸国の軍隊まで出撃させられかねません。
我々がこのことを黙っていてもいずれ知れ渡るでしょう。
だから・・・出来ることを出来るだけやらなければ。
ここで頭を垂れているのは楽でしょうが、一生後悔することになりますよ?」
クロノスは無言で立ち上がる。
「そうだな、このまま放っておくわけにもいかねぇ。とことんアイツと会って話をしなきゃな!
俺としたことがたかが一度だけで何を弱気にすべて終わったなんて諦めてたんだか!!」
「その調子ですよ。」
アプリコットはにこやかに笑った。
「もう、同じ方法で呼び出すことはできねぇな。」
「そうですね。」
「よし、リリスの足取りを追いかける形にしてみるか。」
「このまま闇雲に追いかけるのですか?」
「いいや、こういうときは情報屋で最新情報を聞くに限る!」
クロノスとアプリコットは情報屋を目指しその場を後にした。