表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/37

The Fugitive

これは昔「夢鑑堂」というHPで掲載した物を、多少の誤字脱字修正したものであり、内容は掲載当時のままです。

朝日がその姿を現すには早すぎる時刻。

山間の森林を、紅い松明の灯りが幾つか駆ける。

それを持つ者達は、草木を掻き分け獲物を躍起になって追いかける。

現在この山では、山狩りが行われいる。

実行者はこの山を含め二つ山向こうに村を構える者共だ。

追っている獲物は数日前より村の付近で何度か目撃されており、

今日ついにその姿を捕捉した。

宵の口より始まった山狩りだが、長時間休憩もろくに取らずに獲物を追い掛け回している為、山歩きになれた彼らといえど疲労は頂点に達しようとしていた。

始めは20名を越える大所帯だったが、一人また一人と村に帰ってゆき、

今残っているのは4人だけとなっていた。

交わされる会話はなく、息も切れ切れな呼吸音だけがあたりを支配する。

獣じみた瞳が漆黒の闇に獲物が飲み込まれないように見開かれていた。

その距離わずかに10m・・・獲物を捕縛するのはもはや時間の問題であった。

松明を握る手がにわかに沸いた緊張感から汗ばんでくる。

山狩りの基本は大人数で獲物を囲むように包囲し捕縛する。

だが、4人という人数ではそれも不可能である為、獲物が弱るまで執拗に追い立てるのである。

相手に休む暇を与えず、常に緊張という精神的抑圧をうながし、心身ともに消耗させる。

始めは走り回っていた獲物も徐々にその速度は落ち、いまでは普通に歩いている程度だった。

だが、ここで機を焦って一気に飛びかかろうなどとは考えてはいけない。

それは4人ともわかりきっていることだった。

窮鼠猫を噛む。

この諺に喩えられる様に追い詰められた獲物は最後の全力を振り絞って抵抗する。

その抵抗は凄まじく怪我人を出さないわけにはいかない。

それは彼等ほど山に慣れた者達ならば身に染みていることだった。

一番安全なのは相手が最後の抵抗をする力も気力も失う時なのだ。

逸る気持ちを殺し、相手の消耗加減を様子見、徐々に距離を詰めてゆく。

獲物までの距離はあと5m。

すでにその歩みは無いに等しい。

一歩、また一歩と疲労により鈍重になった足を一本づつ気力を振り絞りながら進む。

何度となく自重すら支えきれなくなって倒れ込み、そのたびに力なく立ち上がる。

獲物にはもはや前に進むことしか頭には入っていなかった。

少しでも速く、少しでも遠くに離れることだけを考え、あとは前に進むことに全力を注いでいるからである。

そんな獲物の様子を見ていた四人はこの機を逃す事は無い。

と、お互い目で合図を送ると獲物に全速力で襲い掛かった。

その瞬間、獲物を見据えていた瞳がゆらりと浮き出す影を映した。

月明かりを背に受けるその姿はまさに影そのものだった。

彼らは何事かと獲物から一瞬だけ意識がそれてしまった。

何かが月光を煌かせ一閃した。

それが白刃だと理解したときには4つの首が胴体から離れ宙に舞っていた。

事切れたことすらわからぬかのように体は二歩三歩と前に歩み出で、糸の切れたように倒れた。

影は剣を一振りし、微かについた血糊を飛ばして柄に収めた。

振り返ると獲物として追われていた者が限界を超えた疲労の為に意識を失って倒れていた。

元は白かった服は土やら何やらで薄汚れており、至る所に鉤裂きができていた。

そこから剥き出しの白い肌は木々の間を走り抜けるたびに引掻いたのか蚯蚓腫れをおこし、

出血している個所も少なくはない。

今はくすんだ茶色の長い髪も一度洗い上げればとても綺麗なものになりそうだった。

影は躊躇いも無く近づくと優しく抱き上げた。

まだ顔に幼さを残した少女は整った眉を顰めさせ息も絶え絶えにその緩やかな胸を上下させる。

呼吸は苦しそうだが、別段大怪我を負っているわけでもなく、ゆっくりと養生すれば元気になるだろう。

影は優しく少女の顔を見守りながらそのまま山を降りていった。

朝日が木々の間から木漏れ日となって顔に降り注ぐと少女は優しい眩しさにゆっくりと瞳を開く。

寝起きの気だるさを心地よく感じながら身体を起そうとしたとき、全身に小さな痛みが走った。

その痛みで自分の置かれた立場を瞬時に思い出し、辺りを見渡す。

辺りには動くものは無く朝のひんやりした空気が漂うだけであった。

その冷気に少し震えを憶え、今まで自分が毛布に包まっていたことに気がついた。

見れば昨日ついた引掻き傷などが治療され包帯まで巻かれているではないか。

どう考えてみても昨日の状況からは今の状態に到底結びつかない。

自分は追われてから倒れて意識を失う所までしか記憶が無い。

追われる身となってから数百年。

寝込みを襲われる事はあっても介抱されることなんて今まで一度も無かった。

一体誰が、何が目的で・・・少女の頭の中ではそんな考えがぐるぐると回っていた。

見た目15、6歳のこの少女は世界中の人々にリリスと呼ばれている。

本名は誰も知らない。

知る必要も無い。

見つけ次第抹殺されるのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ