眷属会社
こんにちは、彼の話でしたよね。
……自分もあんなことになるとは思いませんでした。
すぐ隣にいたんです。相談されたので、付き添って一緒にカウンセリング室へ向かっていました。
なのに止められませんでした。
『彼女だ、彼女の声がする!』
彼はそう叫んで窓から裏庭へと飛び降りたんです。はい、最上階の窓からです。カウンセリング室は我が社西棟ビルの最上階にありますから。
うちの裏庭は四方をビルに囲まれた箱庭状態で、ちょっとした森になっています。
ああ、中央に大木があったでしょう?
実はご神木様なんですよ。我が社の創業者がどこかの神主だったとかで、その関係で。
ご神木様に関してで、法に触れるようなことはありません。
ほかの会社の屋上にお稲荷さんがあるようなものですよ。
こういうこと言うとスピ系wって笑われるのかもしれませんけれど、我が社はご神木様のおかげで業界一位をキープしていられるのだと思っています。だから我が社ではご神木様を大株主様と呼んで感謝を捧げているんです。
業界一位の会社で若くして役員なのは凄い?
あ、自分のことですか。ありがとうございます。
でも眷属だから優遇されてるだけなんですよ。我が社は眷属会社ですので。
同族会社のことですかって?
うーん、その、似たようなものですよ。
社員と会社に特別なつながりがあるんです。
眷属として優遇されていたおかげで、彼を入社させることも出来ました。
自分達、大学の同級生で友人だったんですよ。
体動かすしか能がないくせに、プロのスポーツ選手になれるほどの才も無い自分と違って、彼は大学時代から頭角を現していました。
在学中に創業して、メディアでも取り上げられるような活躍をして、時代の寵児になって──不倫騒動で前の業界を干されて。
それでも彼は自分から見たら雲の上の存在でした。自慢の友人です。
彼を我が社に勧誘したのは恩を売ってマウントしたかったのもあったんです。
ふふふ、みみっちい人間でしょう?
でもそれは彼が魅力的だったからこそ芽生えた感情なんです。
彼の奥さん……彼女も大学の同級生だったんですが……も、あのときまでは彼を見捨てず支え続けていましたしね。
あのとき……そうです。奥さんが自分にI橋S音のことを聞いたときです。
はい、そんな女性は我が社にはいません。
機密ですし個人情報でもあるので今日は社員名簿をお見せ出来ませんけれど、後日手続きを踏んで確認していただければわかると思います。
I橋S音という女性が我が社に所属していたことは無いのです。
自分は以前の不倫騒動のときのお相手と再燃したのかと思っていました。
奥さんを誤魔化すために、我が社での部下だと見せかけているのかなって。
彼は有能だったので、入ってすぐに主任としてチームを任されていたんです。眷属でもないのに凄いことですよ。
とはいえ、そんなことしても意味ありませんよねえ?
奥さんにスマホをチェックされていることにも気づいてなかったみたいですし。
へえ、I橋S音からのメールやチャットは彼が管理していたチーム用のスマホから発信されていたんですね。……自作自演だったってことですか?
うーん、彼は不倫をステータスだとでも思っていたんですかね?
大学時代も奥さんと付き合っていたのに、よくほかの女性と浮気していました。
そのくせ、奥さんに別れるって言われると必死で謝罪してたんですよ。……浮気相手を悪者にしてね。そんな男でもルックスが良かったし、会社社長でお金も持ってたから群がる女性は消えませんでしたよ。
え? I橋S音って実在してたんですか?
実在しているけれど生存はしていない?
彼女が部下になったと彼が思い込むよりも前に交通事故で亡くなっている? 事故を起こした轢き逃げ犯はまだ見つかってないんですか。
これがI橋S音の顔ですか。
うーん、見覚えありませんねえ。
事故があったころ、彼が車を修理に出していたんですか? 関係無いでしょう。彼はその……不倫騒動で前の業界を干されてから、車の運転が荒くなっていたんです。
I橋S音はパパ活やバイト先の既婚者との不倫で問題を起こすような女性だった?
もしかしてあなたは、彼が本当にI橋S音と不倫していたって言うんですか?
我が社に入って再起出来そうになったから別れようとして、拒まれたから事故に見せかけて殺してしまったと? にもかかわらず罪悪感で彼女の幻を作り出し、自作自演で不倫を演じていたと?
彼はそんなにメンタルの弱い人間ではなかったと思いますよ?
言ったら悪いですが、人を殺しても罪悪感なんか抱くようなタイプじゃありません。
業界を干された不倫騒動についてだって、向こうが悪い、こっちは被害者だの一点張りでした。だから我が社以外での再就職も上手く行かなかったんです。自己評価が天より高い男性でしたから。
はは、すいません。つい本音が出ちゃいました。
自慢の友人だと思っていたのは事実ですけれど、それと同時にずっと心の中で妬んでいたんです。
実はね、彼の奥さんは自分の初恋の人なんですよ。
そんなメンタルの人間ほど、折れると弱い?
そう言われると……そうかもしれません。
殺人の事実を必死で忘れてI橋S音が生きていると思い込んでいたのに、ふと気づくとチームの部屋に彼女の机が無くて、部下に聞いたら知らないって言われたんですよね。家へ戻って奥さんに話しても存在しない人物だと言われて離婚を要求されて、翌日友人に確認してもいないと言われて……幻聴を聞いて発作的に窓から飛び出しても仕方のない精神状態だったのかもしれません。
あの日の監視カメラのデータは今日中にお渡しできますので、原因の究明をお願いします。社員が社屋で自殺だなんて、あまり外聞の良いことではありませんからね。
うちの監視カメラは映像のみなので、彼が言っていた『彼女の声』というのがなんだったのかまでは確認出来ないと思いますが。
でも結局不倫の末の自殺だったとしたら、我が社の評判は落ちるでしょうねえ。残念です。幸い自分は、彼を入社させたことによる降格は無いようです。
まあ、これからも我が社は頑張りますよ。
大株主様がお元気ですからね。
先日捧げた株主優待が良かったみたいです。元から新鮮なものがお好きですし、今回は予定外の飛び入りがありましたからね。
大株主様がお元気だと、眷属の自分達も元気が湧いてきます。
彼の事件に区切りがついたら、奥さんに会いに行ってみようかな……あ、いえ、図々しいことを考えているわけではないですよ。
ずっと見捨てず支え続けて来た夫が殺人を犯した上に心を病んで自殺した、なんてことになったらだれでも傷つくでしょう? 慰めたいだけなんです。優しい女性だから、離婚を要求したのが悪かったんじゃないかと思い悩んでいるかもしれませんし。
なんなら我が社への入社を勧めてみます。新しい環境が気晴らしになるでしょう。
彼女だったら眷属待遇でも良いんじゃないかと思いますよ。
……大株主様次第ですけれどね。
<終>




