「地味で暗いから」と振られた私ですが、眼鏡を外して本気で配信を始めたら、元カレが「実は推しです」と赤スパを送ってきました。……今さら遅いですよ?
「――悪い、美月。別れてくれ。お前、地味で一緒にいても全然『映え』ないんだよ」
放課後の無機質な教室で、私の初恋は呆気なくゴミ箱に放り込まれた。
目の前にいるのは、一ヶ月前から付き合い始めた健人。
最新型のスマートコンタクトレンズをいじりながら、彼は心底面倒くさそうに私を見下ろした。
「地味って……眼鏡、変えた方がいいかな?」
「そういう問題じゃねえよ。俺、インフルエンサーとして上を目指したいんだ。お前みたいな陰キャと歩いてるのを隠し撮りされたら、フォロワーが減るだろ?」
健人の言葉は、まるで鋭いナイフのように私の胸を抉る。確かに私はクラスでも目立たない、眼鏡に三つ編みの地味な女子。
だけど、彼が「一生懸命なところが好きだ」と言ってくれたから、勇気を出して付き合ったのに。
「……分かった。でも、後悔しないでね?」
「は? 誰が後悔すんだよ。あーせいせいした。じゃあな、非モテ女子」
健人は鼻で笑い、一度も振り返らずに教室を出て行った。私は一人、静まり返った教室で拳を握りしめる。
――いいでしょう。
そこまで「映え」が大事なら、見せつけてあげるわよ。私の本当の姿を。私はカバンから最新の配信端末を取り出すと、ログインした。そこにあるのは、登録者数50万人を誇る人気ASMR実況者『ムーン』のアカウント。
実は私、ネット界では「声が良すぎる謎の覆面配信者」として、そこそこ有名だったのだ。
その日の夜。
私は自宅の防音室にいた。
いつもなら「声だけ」の配信だが、今日は違う。 私は三つ編みを解き、眼鏡を外した。
最新のスキンケアデバイスで整えた肌、プロ仕様のメイク。鏡の中にいたのは、自分でも驚くほど「化けた」私だった。
「2026年、最新の『リアル質感配信』……開始」
私は『AI加工・フィルター不使用』の証明タグをつけ、カメラをオンにした。
『【初顔出し】今日、彼氏に振られたので本気出してみた【ムーン】』
配信を開始した瞬間、通知を受け取った視聴者が雪崩のように押し寄せる。
1万、3万、5万……同時接続数は一瞬で過去最高を記録した。
『!?!?!?!?』
『え、ちょっと待て。これがムーン様!?』
『AIじゃないのか? まじで? 美少女すぎて脳がバグる』
『振った男、どこのどいつだよ! 世界一の節穴だろ!』
コメント欄が光速で流れていく。
私は少し悲しげな顔を作って、マイクに顔を寄せた。
「こんばんは、ムーンです。……今日、一番大好きな人に『地味で映えない』って言われちゃって。私、そんなに可愛くないかな……?」
あざとい。自分でも分かっている。
だけど、今日だけは許してほしい。
その時だった。
画面が真っ赤なエフェクトに包まれる。
最高額の投げ銭。いわゆる『赤スパ』が投げられた。
【ケント:50,000円】
『ごめんなさい! 君を振った男は馬鹿です! 僕が一目惚れしました! 今日から僕を彼氏にしてください! 絶対後悔させません!』
私は、スマホの画面越しにニヤリと笑った。
アカウント名、アイコン。
間違いない。さっき私を「映えない」と切り捨てた、元カレの健人だ。
彼は、自分が今アタックしている美少女が、つい数時間前に振った「地味女」だとは夢にも思っていないらしい。
「あ……ケントさん。ありがとうございます。5万円も……すごい」
私はわざとらしく、困ったように微笑んだ。ここからが、本当の『ざまぁ』の始まりだ。
翌日、学校へ行くと教室が騒然としていた。
「おい、見たか!? 昨日『ムーン』が顔出ししたぞ!」
「あんな美少女、この世に実在するんだな……」
クラスの男子たちが、昨夜の私の配信画面を食い入るように見ている。その中心にいたのは、鼻高々にふんぞり返る健人だった。
「ふん、お前ら遅いんだよ。俺なんて昨日、彼女に赤スパ投げて認知されたからな。さっきも『今夜の配信も楽しみにしてるね』ってDM送ったし。あーあ、美月みたいな地味女と別れて正解だったわ!」
健人は、自分のスマホ画面を周囲に見せびらかしている。
……残念。そのDM、まだ既読もつけてないわよ。私は彼らの横を素通りし、自分の席に座った。
その時。
「――おはよう、美月」
涼やかな声が響き、教室が一瞬で静まり返る。そこに立っていたのは、学園一の超有名人、瀬戸蓮だった。
モデル顔負けのルックスに、資産家の息子。普段は誰とも群れない彼が、なぜか私の前に立っている。
「れ、蓮!? あいつになんか用?」
健人が慌てて割り込んできたが、蓮君は彼を視界にも入れず、私だけを見つめて微笑んだ。
「昨日の配信、お疲れ様。……少し、無理しすぎじゃない?」
「えっ、あ、ううん。大丈夫だよ、蓮君」
「ならいいけど。何かあったら、いつでも俺を頼って」
蓮君は私の頭をぽん、と叩いて自分の席へ戻っていった。教室中が「え、あいつらどういう関係!?」とパニックになる中、健人だけが顔を真っ赤にして私を睨みつけていた。
その日の夜。私は再びカメラの前に立っていた。同時接続数は、昨夜をさらに上回る10万人。
コメント欄には相変わらず、健人からの
「昨日もスパチャしたケントです! 僕のこと、特別に呼んでくれませんか?」という痛いコメントが流れている。
「皆さん、今日もありがとうございます。……実は今日、この配信にスペシャルゲストが来てくれています」
私が合図すると、画面外から一人の男性が登場した。それは、眼鏡を外した制服姿の瀬戸蓮君だった。
『は!? 瀬戸蓮じゃん!!』
『え、ムーン様と瀬戸蓮が付き合ってるの!?』
『美男美女すぎて画面が割れる!!』
コメント欄が爆発する中、蓮君がマイクを握る。
「付き合っているわけじゃないよ。……でも、彼女が今日『ある人』にどうしても言いたいことがあるって言うから、付き添いで来たんだ」
私は、カメラをまっすぐに見据えた。
「ケントさん。昨日からたくさんの赤スパ、ありがとうございます。……でも、そのお金は返金しますね」
私は、おもむろに手元にあった『あの眼鏡』をかけた。そして、三つ編みをサッと作り、学校での「地味な私」を再現してみせる。
「……え、嘘だろ?」
そんなコメントが、ケントのアカウントから流れた。
「驚きましたか? ケントさん……いえ、健人君。君が昨日『映えない』と言って振った美月は、私です」
画面の向こうで、健人が絶叫しているのが目に浮かぶようだった。私は冷ややかな声で続けた。
「私の外見だけを見て『推しだ』なんて言われても、全然嬉しくない。……蓮君はね、私が配信を始めたばかりの、まだ登録者が一桁だった頃から、ずっと正体を知った上で応援してくれていたんだよ」
蓮君が優しく私の肩を抱く。
「健人君だったかな。彼女の本当の魅力に気づけなかった君に、彼女を語る資格はないよ。……もう、二度と彼女に近づかないでくれるかな?」
翌日、学校へ行くと、健人の居場所はどこにもなかった。
「自分の彼女を地味だと言って捨てた挙句、正体を知らずに赤スパを投げまくった男」という噂は一瞬で広まり、彼はクラス中の笑い者になっていた。
一方、私は、もう眼鏡も三つ編みもやめて、ありのままの姿で登校していた。
「美月、放課後、一緒に新作のカフェ行かない? 『映え』とか関係なく、君と行きたいんだ」
隣を歩く蓮君が、少し照れくさそうに誘ってくれる。
「ふふ、いいよ。でも、蓮君と歩くと目立ちすぎて大変そう」
「覚悟の上だよ。……俺の『推し』は、世界で君一人だけだから」
もう、自分を隠す必要なんてない。
私の本当の価値を分かってくれる人が、すぐ隣にいるのだから。
私は蓮君の手をぎゅっと握り返し、最高に
「映える」笑顔で頷いた。
(完)
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