4話
地下鉄の車両を改造した作戦室に、わずかな灯り。
地図も機材も年代もので、信頼できるのは互いの声だけ。
十人ほどの仲間が輪になり、その中心で志門が口を開いた。
「──ここに、新しい情報が入った」
壁に広げられた地図の一角を指で叩く。
「湾岸の工業地帯に“拠点核”がある。異星種が都市全域を制御する要の一つだ。破壊すれば監視機械の動きが鈍るはずだ」
仲間の間にざわめきが走る。
希望の響きというより、恐怖の色が強かった。
「だがな……」
義紀は険しい表情を一切崩さずに沈黙を続けた。
「警戒は厳重だ。前に突入を試みた別の組織は全滅した。正直、俺たちじゃ──」
「やる」
低い声が割り込んだ。
輪の外に立っていた義紀が前進。
その瞳は暗闇の中でも迷いやくもりない、凍りつくような迫力を帯びていた。
全員の視線が一斉に集まる。
「俺が行く。奴らをぶっ潰す」
友梨が息を呑む。
「義紀……無茶だよ! そんなの行ったら──死んじゃうよ」
「死ぬ? 知ってる」
義紀はわかり切っている、と遮った。
「死ぬのは構わない。あの日のまま何もできずに生きるほうが地獄だ」
誰もが悔しさを押し殺し、沈黙。
仲間たちは言葉を失った。言われずとも、その思いを否定できなかったから。
だが友梨は震える声で言った。
「でも……もし義紀が死んだら、私たちに何が残るの? あなたまで失ったら……」
「残るさ。生き延びるための時間が」
義紀の声はさらに冷たくなっていた。
「俺は、そのために使われても構わない」
大人のひとりが、勢いよく机を叩いた。
「ガキの意地で仲間を巻き込むな!」
怒号が響く。
「お前の復讐は理解できる。だがな作戦は命を懸けた博打じゃない。仲間を生かすためにあるんだ!」
義紀は鋭く睨み返した。
「なら俺一人で行く」
重苦しい空気が作戦室を支配した。
友梨は言葉を失い、彼は深いため息を吐いた。
誰も、義紀を止められなかった。
「……いいか」
義紀は絞り出すように言った。
「行くなら、二度と戻れない覚悟で行け」
誰もが躊躇ったが、彼だけ――その瞳には迷いも後悔もなかった。
その夜。
作戦室を出る義紀の背を、友梨は見つめていた。
何かを言おうと口を開きかけたが、声は喉で凍りついた。
義紀は振り返らなかった。
彼の歩みは、すでに死地へと定められていた。
(義紀……)
彼女の思いが交差した街は、死の匂いが蔓延していた。
瓦礫に沈んだ高層ビル群は骸のように立ち並び、ひび割れた道路には黒く乾いた血が点々と続いていた。
義紀は仲間七人と共に、湾岸へ向かっていた。
冷たい風が吹き抜け、頭上では監視機械が赤い光を放ちながら旋回している。
「……義紀、本当に行くのか」
背後から、細身の青年、吉原 海斗が震えた声で問いかけた。
彼は臆病だが腕の立つ斥候で、義紀を兄のように慕っていた。
「行く。迷ってる暇はない」
義紀は短く答えた。
「でも……相手は指揮個体だ。あれは人間じゃ勝てない……」
「だからだ」
義紀は振り返り、迷いなき冷酷な瞳を向けた。
「人間が勝てないなら、人間じゃなくなるしかない」
その言葉に、海斗は息を呑んだ。
他の仲間たちも、言葉を失った。
何を言っても無駄、皆その場をあとにした。
海の近くに差しかかると、拠点核の全貌が見えた。
鋼鉄の塔のような構造物で囲まれ、無数の触手のようなケーブルが地面を這っている。建物の隙間からは赤黒い光が脈打ち、低い振動が地面を伝ってきた。
「……あれが」
友梨が小さく呟いた。
彼女も結局、義紀に同行することを選んでいた。置いていけなかったのだ。
「全員、配置につけ」
義紀は冷たく言い放つ。
仲間たちはそれぞれ爆薬を抱え、瓦礫に潜んで進んだ。
──だが、監視機械は待っていたかのように光を放つ。
鋭い音が夜を裂き、仲間の一人が胸を貫かれた。
焼け焦げる肉の匂いが漂い、断末魔の声が血となり空に響く。
「クソッ、見つかった!」
「散開しろ!」
迷いなき殺戮によって二人目が撃ち抜かれ、瓦礫の下に転がった。
海斗が叫び声を上げる。
「義紀! もう無理だ、退こう!」
「進め!」
義紀の声は怒号だった。
「退いたら何も残らない! 死んでも進め!」
仲間たちは絶望の中で走った。
三人目、四人目と次々に光に貫かれて倒れていく。
最後に残ったのは──義紀、友梨と海斗だけ。
荒い息をつきながら、三人は拠点核の前に辿り着いた。
そこに、異形の影が立っていた。
黒き巨躯。
無貌の頭部。
異星種の指揮個体。
「……ようやく来たか」
金属が擦れるような声が響く。
「人類、抵抗率……限りなくゼロ」
友梨は畏怖した。
義紀は爆薬を握りしめ、血走った瞳で睨み上げた。
「……義紀、やめて……!」
友梨が叫ぶ。
「死ぬだけじゃない!」
「意味はある!」
義紀は振り返らずに吠えた。
「俺の家族を、みんなを……奪ったあの日を終わらせる! 俺は、復讐するために生きてきたんだ!」
友梨の声は、もう届かなかった。
次の瞬間、指揮個体が腕を振り下ろした。
彼女の身体が宙に舞い、地に叩きつけられる。骨が砕け、血が口から溢れた。
「友梨!!」
義紀の悲鳴が夜を裂き、その儚い命を助けることもできずに、ただ虚しく終わりを告げた。
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