2話
見るも悍ましい異星人の指示と同時に、監視機械が鋭い光弾を放った。反射的に義紀は獣のしなやかな身のこなしでそれをかわすと、尾のように伸びた影で機械を絡め取り、鋼鉄を容易く引き裂いた。爆ぜる火花と油煙の中、義紀の眼は暗闇で妖しく光っていた。
(……クロ、俺はまだ……終わっちゃいない……)
焼けただれた声帯から、かろうじて言葉が漏れる。しかしその響きにはもはや人の情感はなかった。ただ憎悪と、生存本能を超えた復讐心だけで突き進んでいた。
拠点核の扉が開き、異星種の群れが這い出してくる。無貌の頭部、節足を思わせる脚。金属のような皮膚が夜光を反射する。その数十体が義紀を取り囲み、一斉に怪しげな光を浴びせた。
雄叫びを上げ、豪快とばかりに赤黒い影が爆ぜた。
義紀の腕が膨張し、骨と毛皮が鋭い槍となって突き出す。数体の異星種が串刺しになり、悲鳴もなく崩れ落ちた。返り血ではなく返り“粘液”を浴びた義紀の身体は、さらに醜悪に蠢き、肉が裂けるたびに新たな器官が芽吹いた。
「お前ら、クビだ! そうだ、ついでに言っとくわ。
――視界を汚すな。跡形もなく、消滅しろ!」
その声はもはや言葉ではなく呪詛のような訴えだった。
異星種たちは冷静に配置を変え、義紀を包囲する。指揮個体が前へ進み出て、無機質な声で分析を指示。
「人類個体……義紀。確認不能。分類……異常生命体」
その言葉に、義紀は血と不気味な笑みを浮かべた。
「……人類じゃねぇ。クロでも、義紀でもねぇ。俺らは……」
呪われた「ことば」、義紀は影の尾で地面を叩き割り、粉塵を撒き散らした。飛び散る瓦礫を盾にしながら異星種の腹へと飛び込み、牙で喉を食いちぎる。金属音のような悲鳴が夜を震わせ、切り裂かれた身体から蒸気が吹き上がる。
異星種の群れは冷徹に攻撃を繰り返す。しかし光弾が肉を焼き、骨を砕いても、義紀の身体はその都度歪みながら再生していった。まるで人と猫の怨念が、破壊されるたびに新たな形を求め、進化を促しているかのようだった。
やがて、義紀は全身を粘液と血に塗り潰しながらも、拠点核の中心へと歩を進める。
「クロ……お前も……見ているか? 俺たちは……もう人間じゃない。だから……壊せる」
その声は、泣き声とも笑いともつかない。
拠点核の奥から響く低い鼓動。地面が脈打ち、赤黒い光が空を突き抜ける。
異星種の本体──日本を滅ぼした侵略者の心臓部が、そこに眠っていた。
義紀の眼が爛々と輝いた。
「今度こそ……終わらせる、そうだろ? クロ……」
だが、すぐに現実に戻される。
拠点核の奥から、さらに巨大な影が姿を現した。さきほど彼を踏み潰した異星種の指揮個体。いや、それよりもなお異形に肥大化し、数多の命を吸い上げて成長した“支配種”だった。
互いに怪物。
互いに人の理解を超えた存在。
そして日本の夜に、怪物同士の戦いが幕を開けた。
運命なんか信じない、負けない、逃げない、もうあとには引けない。
自尊心と我の威信をかけて、怪物と化した義紀は"突撃"を繰り返した。
その迫力は"腕の振り"が物語り、焦土となった市街区に反響した。
義紀は地を蹴ると同時に、影の尾を鋭く振り抜いた。黒い軌跡が三日月のように空を裂き、跳びかかってきた異星種の首節を断ち切る。火花めいた閃光が散り、金属質の皮膚が剥離した。
「失う苦しみを悔いながら、逝け!」
低く唸る声には、もはや獣の節回しだけが残っていた。
異星種の群れが包囲を締め上げようと蠢く。金属片のこすれる無数の音が、不気味な合奏となり義紀の足元の瓦礫を震わせた。
義紀は微動だにしない。
黒い毛皮とも鱗とも判別のつかない外皮が、呼吸のたびに脈動し、そのたびに体内の異形の器官がわずかに覗いた。人の形の残滓は、片腕と輪郭に影を落とす程度でしかなかった。
異星種の一体が、高圧光弾を吐き出した。
義紀は真正面からそれを見据え、瞬時に地面へ掌を叩きつける。影が波紋が拡がり、瓦礫や骨片が一斉に跳ね上がって光弾の軌道を逸らした。
「いらないだろ? こんな気味の悪い腕! たくよ、何人だ? こんな残酷な腕はいらねぇんだよ!」
影の尾が再び伸びる。
今度は太さを増し、しなりを持った鋭い刃のように変質していた。それが鞭の速度で振り払われ、前衛の異星種を一掃する。硬質な外殻が粉砕され、その向こう側の暗闇に赤黒い火花が連鎖した。
後列から別の群れが光を放つ。
義紀は身体ごと宙を回転させ、背の甲殻めいた突起を開いた。そこから迸る影の残光が、敵の光を弾き返す。
「……おい、クロ。見てるか? 俺、まだ走れるぞ」
呟きは熱に揺れ、孤独に滲んでいた。
返事はない。だがその沈黙が、義紀の暴進をさらに加速させた。
敵陣へ踏み込む瞬間、義紀の脚部が獣のそれに変質し、爪が瓦礫を削る。
一歩、また一歩。踏み込むたびに、影の尾が勝手に新たな形を模索し、数十の細い触腕となって四方へ伸びた。
触腕は敵の脚を絡め、腕を奪い、関節を引きはがす。
異星種たちは無機質な悲鳴のような金属音をあげるが、義紀は気にも留めず進む。
その足取りは、大地の脈動すら従わせるような強烈な意志で満ちていた。
巨大な甲殻を背負った異星種が壁のように立ちはだかった。
義紀は爪を構え、一直線に突撃する。
衝突の瞬間、甲殻の表面を走った亀裂が閃き、義紀の腕が槍と化し伸びた。
骨と影が複合した槍は、まるで最初から敵の構造を理解し急所を貫いた。
それを引き抜くなり、義紀は跳躍。
空中で身体をひねり、両脚の爪で別の異星種の頭部を挟み込み叩き落す。地面に激突した異星種は動かなくなった。
さらに三体が背後から突進してきた。
義紀は振り向かず、背面の突起を開いて黒い“矢”を雨のように射出した。
十数本の矢は敵の関節部を的確に射抜き、三体は痙攣して崩れ落ちた。
「まだまだだろ……数で押せると思ってんのか?」
息は荒い。
その荒さは疲労ではなく、高まりすぎた闘志が熱を持っているだけだ。
残った異星種たちは、一度後退し、半円形の陣形を組みなおした。
配置は無駄がなく、完全に義紀を仕留めるための狩りの態勢だった。
――それでも、義紀は笑っていた。
「おら、まだ満足できてねぇんだろ? ……いいじゃねぇか。だったら、来いよ」
敵が一斉に跳んだ瞬間、義紀は影の尾を地面に叩きつけた。
地割れが広がり、瓦礫と塵が爆発する。
舞い上がる粉塵の中で、義紀の身体が黒い閃光と見違えるほど跳んだ。
視界に映る敵影を、一つ残らず捕捉する。
四方八方から放たれる光弾の軌跡を、義紀は獣の直感で読み切った。
そして――。
影の尾、触腕、槍腕、爪、牙。
義紀の身体すべてが武器として統合され、同時に四方へ解き放たれた。
闇夜に無数の黒い軌跡が走り、異星種たちの身体が次々と砕け、沈む。
金属音の悲鳴が重なり、倒壊した建物の奥へと反響した。
やがて、粉塵が静まり、風が吹いた。
そこには義紀だけが立っていた。
周囲の異星種は一体も残っていなかった。
「……クロ。これが、はじめての通過点だ!」
胸の奥で鳴る鼓動は、怒りでも恐怖でもなく――覚悟だった。
義紀はゆっくりと、拠点核の中心へ足を向ける。
その背に宿る影は、大きさも形ももはや一つの生物とは呼べないほどに歪んでいた。
だがそのすべてが、ただ一つの目的へ向けて収束していた。
「終わらせる! お前の仇も、日本の夜も、全部だ」
その声音は静かで、しかし底知れぬ強さを秘めていた。
義紀の足音だけが響く暗い通路の奥――。
そこに“支配種”が待ち構えていることを、義紀は知っていた。
もう、振り返りはしない。
残る敵は支配種ただ一体。
怪物と怪物の目は、次の獲物しか視界に入らなかった。
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読むだけでは足らず、作者の励みになりません。どうか勇気づけると思っての願いを読んだ句です。




