18話 波の音 返事無くとも 戦場
かすかに、波の音がする。
静かで、細くて、どこか心臓の鼓動と混ざり合うような音。
(……ここは……どこだ?)
義紀は、砂の上に倒れていた。
目を開けると、白い月と、見たことのない海岸線。
湿った潮の匂い、けれど透き通る眺望。
体を起こすと、全身が焼けるように痛む。
「っ……ぐ……」
まだ意識が戻りきっていない。
ヘリが落ちた――いや、爆散したのだ。
その瞬間まで覚えている。
では、なぜ自分は生きている?
答えは、背後から聞こえた声によって示された。
「生きてるか? 意識はっきりしてるなら大丈夫だ」
振り返ると、焚き火の横に一人の青年が立っていた。
二十代前半ほど。黒髪がやや伸び、白い肌は疲れ切っている。
だが目だけは鋭く、状況を冷静に見定める強さが宿っていた。
「……誰だ。お前」
「俺は市原 御角。
沖縄方面隊のサバイバル班にいた……元隊員だな。もう部隊は壊滅したけど」
御角は手にした錆び付いた水筒を義紀に差し出した。
「助けたのは、お前だけだ。ヘリは……全壊してた」
喉の奥が、痛いほど締め付けられた。
「そうか、他には何か……」
「……遺体は見つからなかった。吹き飛んだ可能性が高い。
生存反応も、今のところゼロだ」
義紀は砂を握りしめ、奥歯を力強く食いしばった。
(……あの爆撃で……みんな……)
零れ落ちそうで、取り次ぐ休む暇もない胸の奥で、感情の青黒い火が、かすかに揺れた。
御角は焚き火の明かりで義紀を観察していた。
その目は、ただの救助者ではない。何かを知っている目だ。
「お前、名前は?」
「……義紀だ」
「東京で“支配種”を倒した義紀、で合ってるか?」
ふいを突かれた、と義紀は目を見開いた。
「なんで……知ってる?」
「沖縄側にも、戦闘データは送られてた。
お前が、普通の兵士じゃないってこともな」
御角は腰のポーチから端末を取り出し、黒焦げの画面を見せる。
「それと――」
彼の視線が、義紀の胸のあたりに向けられた。
「お前の中にある“青黒いエネルギー”。
俺は、それを探してた」
「……なんだと?」
少し身構える姿勢をよそに、すぐに御角は話を進めた。
「この島で支配種を倒すには――お前が必要だ」
焚き火が、ぱち、と弾けた。
義紀は、ゆっくりと立ち上がった。
体は痛むが、倒れるほどではない。
周囲を見渡す。
――そこは本当に、無人島だった。
木々が茂り、海鳥の声が響き、人工物の影はどこにもない。
だが、どこか落ちつく雰囲気になれない。
「なぁ、御角……。
本当にここ、無人島なんだよな?」
「“人間の”無人島ってだけだ」
御角が短く答えた。
次の瞬間。
森の奥で、ギ……ギ、ギギギ……という異様な音がした。
義紀は反射的に拳を握り、周りを睨む。
「まさか……異星種が……ここにも?」
「いる。大陸側から流れ着いた個体と、“空裂”から落ちてきたヤツらだ。
本島よりは少ないが……この島も安全じゃない」
御角は懐から小型コンパスのような装置を取り出す。
針は小刻みに震え、赤い方向へ向いていた。
「支配種の反応も、微弱だがある。
ここは“前線に落ちた”島だよ」
「……俺を助けた理由は、それか」
「そうだ。お前以外に、勝てる奴はいない」
義紀は胸の奥の火が、まるで呼応するように熱を帯びるのを感じた。
(……ここからだ。俺の戦いはまだ終わってない)
御角が焚き火に薪を追加しながら言った。
「義紀。
ここから脱出して本島に上陸するには――
異星種の巣を潰す必要がある」
「巣……?」
「島の中央部に、“裂け目”がある。
そこから湧いてる」
義紀はゆっくりと拳を握りしめた。
「だったら行くしかねぇだろ」
御角は、わずかに笑った。
「言うと思った。
……生き残りたきゃ、夜明けを待て。まだ動くには早い」
義紀は砂の上に座り、遠く暗い森を見つめた。
その奥には、殺意とも呼べる赤い光が揺れていた。
(友梨……待ってろよ。
北海道に戻って、必ず……)
義紀の脳裏に、白い天井が浮かぶ。
機械音が規則正しく鳴り、消毒薬の匂いが満ちた集中治療室。
ベッドの上で眠る友梨の姿は、あまりにも小さく、脆く見えただろうに。
(……生きててくれ)
そう願うしかできなかった自分の無力さが、胸を締めつける。
恐らくだが声をかけても返事はなく、手を握っても、体温は機械越しにしか感じられなかったはず。
それでも、微かに上下する胸を見て、「まだ終わっていない」と必死に自分に言い聞かせた。
守ると決めた。
もう二度と、目の前で誰かが壊れていくのを、黙って見ているだけの人間にはならない。
たとえ自分が何者になろうとも、たとえ人の形を失おうとも――友梨が目を覚ましたとき、世界が残っていなければ意味がない。
(安心して傷を癒してくれ、友梨)
この島で終わらせる。
すべてを片付けて、必ず北海道に帰る。
そうでなければ、この命も、この火も、存在する価値なんてない。
「絶対に戻る」
青黒い火が、静かに、しかし確かに燃え上がる。
――こうして義紀は、生き残りたった一人の青年・御角と共に、無人島での“第二の戦場”へ足を踏み入れようとしていた。
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