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蹂躙の霹靂  作者: 犀川


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16話 迷いなき 遠くをみても 同じ色

 迷いなき(まなこ)で、見極めた契約を交わして二日後。

 やっとのことで義紀は許可を得て、ようやく基地の外に出られるようになった。

 とはいえ、まだ監視兼護衛として菜乃花が常に数歩後ろにつく。

 病院棟の出口をくぐった瞬間――義紀は言葉を失った。

 北海道の空気は冷たく澄んでいるはずなのに、妙に重かったから。

 基地周囲に並んだ避難者の列、うずくまる人々、ぼんやりと遠くを見つめる兵士。

 誰もが同じ色をしていた。

 灰色。

 死んだ魚でも見ているようで、未来も感情も削られた瞳。

 “生き残った”というより、“残されてしまった”者の目だった。

 

「……ひでぇな。ここ」

 

 思わずこぼれた呟きに、菜乃花が静かに答える。

 

「北海道は後方支援拠点のはずだった。でも、東京が壊滅寸前になってから一気に負担が流れ込んできたの。

 ここに来るまでに見ただろう? あの長い救急車の列」

「ああ……あの炎の街からの生き残りか」

「ええ。東京にいた人の多くは、精神的にも肉体的にも限界よ」

 

 義紀は息を呑んだ。

 ――自分が戦ったあの街。

 玄屍鬼となり、クロと共に支配種を貫き、そして友梨を失いかけた、あの地獄と復讐鬼の自分。

 うっすらとだが、ヘリの中で見下ろした黒煙と火柱。

 悲鳴も、光も、血も、全部まだ胸の奥で(くすぶ)っている。

 

(東京……俺が守れなかった街……)

 

「あまりにも遅すぎた」と嘆くよりも基地内を歩くほどに、その現実を突きつけられる。

 負傷者の列は途切れず、焦げた臭いがわずかに漂い、夜になれば悲鳴のようなうなされ声が聞こえてくるほどだった。

 医療棟の前では、義手となった若い隊員が虚空を見つめていた。

 遠くの空を睨みつけるその瞳は、まるで生気がなかった。

 義紀は無意識に呟いた。

 

「……あの日。

 もし俺がもっと、早く終わらせてたら……」

「それは違うわ!」

 

 菜乃花はぴしゃりと否定した。

 

「東京は“完全消失”の一歩手前だったの。あなたが支配種を倒さなかったら、本当に首都は消えていた。

 生き残った人たちも、ここにすらたどり着けなかった」

「……でも」

「戦場で“たられば”を言うのは、生きている人間の特権よ。責める必要なんてない」

 

 義紀は目を伏せ、医療棟の白い壁を指先で触った。

 この中に――友梨が眠っている。

 

(絶対に助ける。

 友梨……俺が絶対に連れ戻すからな)

 

 一抹の不安が残る胸の奥で、青黒い火がかすかに揺れた気がした。


 

 夕刻。

 酒巻に呼び出された義紀は、作戦会議室へ案内された。

 スクリーンに映し出されていたのは、地球儀のホログラム。

 そこに点滅する複数の赤い光。

 

「……これは?」

「異星種の出現反応だ」

 

 酒巻は空中に指をかざし、ひとつの赤い点を拡大する。

 

「特にここ――沖縄の反応が異常に強い。

 支配種クラスが複数確認されている」

「支配種……複数……?」

「ああ。東京で戦ったあれは“先遣隊”だった可能性が高い。

 本隊がついに姿を現した」

 

 急に背筋が冷たくなる。

 あの怪物を“複数”――?

 菜乃花が状況を補足する。

 

「沖縄方面隊は壊滅状態。現地の住民避難もままならない。

 日本全体が東京の復旧で手一杯な今、あそこは完全に取り残されているの」

 

 瞳を逸らさず、真剣な顔で酒巻が義紀へ向き直った。

 

「坊主。お前に頼みがある」

「……どうせ、わかってるよ」

「東京での戦闘の記録、見たろう。

 お前の体内にはまだ“青黒いエネルギー”が残ってる。

 あれをコントロールできれば――支配種と互角に戦える」

「……つまり俺を前線に出すってわけだな」

「そうだ。危険度は最高ランクだが……お前しかいない」

 

 もう後悔したくない、義紀は固く拳を握った。

 何もできなかった、弱さはなく震えはしない。

 

「……行く。沖縄に」

 

 菜乃花が息を吐き、酒巻は満足げにうなずいた。

 

「理由は聞かねぇ。だが覚悟はあるんだな」

「あるさ。友梨を助けるためにも……あいつらに仕返しするためにも」

 

 クロの声はもう聞こえない。

 でも――あの日感じた温もりは、まだ胸に残っている。

 

(クロ……行くぞ。

 俺たちの戦いは、まだ終わってねぇ)

 


 夜。

 義紀は支給された装備を身につけ、ヘリポートへ向かった。

 ダイヤモンドダストが舞う中、冷たい風が頬を刺す。

 遠くで雪が舞い始めていた。

 巨大なヘリが回転音を響かせ、出撃の準備を整えている。

 その横で酒巻と菜乃花が待っていた。

 

「本当に行くんだな、坊主」

「しつこいな。もう決めたよ」

 

 酒巻がわずかに笑う。

 菜乃花は真剣な眼で義紀を見つめた。

 

「……絶対に生きて帰ってきて。

 東京であなたを失ったら、友梨ちゃんが……悲しむわ」

「行ってくる。

 必ず戻る」

 

 義紀はタラップを上り、ヘリに乗り込んだ。

 夜空に向けて浮かび上がる機体。

 北海道の白い大地が遠ざかっていく。

 ヘリの窓から見た夜空は、どこまでも暗く――そして遠かった。

 

(友梨……待ってろよ

 あいつらを全部ぶっ潰して、お前のところに帰る)

 

 青黒い火が胸の奥で静かに揺れた。

 ――こうして義紀は、

 東京を壊滅寸前に追い込んだ“奴ら”への復讐と、友梨を救う唯一の希望を胸に抱きながら、沖縄へ向けて飛び立った。

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