14話 会わせてよ 新たな希望 可能性
勝利を刻む戦いの余韻がようやく風へと溶けていった頃。
巨大クレーターの外周部――崩れた観客席跡の上空を、陸上自衛隊北海道方面隊の救援ヘリが旋回していた。
「……あそこだ! 中心部に、何か倒れている!」
ある隊員が身を乗り出す。粉塵で白みがかった視界の奥、瓦礫に埋もれるようにして横たわる影――そう、玄屍鬼だった。
「生命反応……微弱ですが、あります!」
報告が飛ぶたび、機内に緊張が走る。
ヘリはホバリングを維持し、ロープを伝って三名が地上へ降下した。
近づくにつれ、隊員たちは息を呑んだ。
玄屍鬼。その姿は、もはや“怪物”ではなかった。
八本あった尾は消え失せ、角や爪も軟化し、ちぎれた装甲のような殻もひび割れて落ちている。
生き物とも機械ともつかぬ異形だったその身体は、急速に輪郭を失い始めていた。
「……溶けてる? いや、これは――」
青黒い光が、残った体表からふわりと舞い上がる。
煙に似ているが、触れると温かく柔らかい。
それはまるで、“役目を終えた力”そのものが天へ還っていくようだ。
やがて、その中心に――浮かび上がる人の姿を視認。
「ひとり……? 青年か!」
隊員が慌てた様子で、覆っていた膜や瓦礫をどける。
現れたのは、気を失った状態の若い男。
黒い髪は血と埃にまみれ、全身には怪我の痕と火傷が残っている。
だが、その表情だけは、不思議なほど満足感、穏やかだった。
「搬送します! 意識レベルは……低いですが、脈は安定!」
混乱の続く戦場跡から、義紀――かつて玄屍鬼と呼ばれた青年が担架に乗せられ、救援ヘリへと運ばれていった。
「……ん……?」
遠くで機械音が聞こえる。それも一定の感覚で。
やけに鼻を刺す消毒の匂い。
薄く瞼を開けた義紀は、馴染みのない白い天井を見つめた。
(ここ……病院……か?)
暖かい空気に包まれ、意識がゆっくりと戻っていく。
身体は重く、石のようだ。けれど、死にかけたはずの痛みは嘘のように薄れていた。
(クロ……?)
呼びかけても、返事はなかった。
胸の奥に、温かい残滓だけが残っている。
――ドン。
突然、病室のドアが勢いよく開いた。
「起きたな。思ったより早いじゃないか」
現れたのは、背の高い女性。
黒髪を後ろで束ね、制服の上から防衛省のコートを羽織っている。
鋭い眼光と無駄のない足取り。
頬に走る古い傷が、彼女の歴戦を物語っていた。
「……あんた誰?」
「まず名乗っておく。陸上自衛隊 北海道方面隊 特殊警備群――桜井 菜乃花だ。質問に答える前に、こっちが聞く」
椅子も使わず、義紀のベッドの横に立ったまま腕を組む。
「お前、何者だ?」
「……人間だよ。見ての通り」
「とぼけるな。私らが回収したのは化け物だった。全長三メートル近い化け物だ。その中心から、お前が“抜け落ちる”ように現れたんだ」
義紀は眉をひそめた。
確かにクロと融合し、玄屍鬼として戦ったが――彼自身にその身体の記憶は断片的にしか残っていない。
「覚えてねぇのか?」
「覚えてるよ……全部ってわけじゃないけど……」
菜乃花は目を細める。
嘘を見抜く職業に就く人間特有の鋭さ。
「ひとつだけ確かに言える。あんたは人類救援の功労者だ。だが同時に――危険因子でもある。だから私はここに来た」
「尋問ってやつかよ」
「そうだ。だが今は簡易だ。本格的なものは後日、上で行われる」
義紀はため息をつく。
戦い、勝ち抜き、命がけで星を守ったというのに、この扱いはあまりに味気ない。
しかし、菜乃花は表情を変えずに続けた。
「……落ち込むな。命を拾っただけでも儲けものだ。現場じゃ誰もが、もう助からねぇと思ってた」
「そりゃどうも」
「で――最後に一つ。お前にとって重要な情報だ」
菜乃花は、おもむろにポケットから一枚の"タブレット"を取り出し、画面を義紀の前に差し出した。
そこには瓦礫撤去作業中の映像が映っている。
「戦闘後の回収でな……“生存者”が見つかった」
「……生存者!?」
「お前の近くで倒れていた女性だ。名前は――」
義紀の心臓が、一瞬で跳ね上がる。期待と逸る気持ちで、ひとすじの汗が頬から地へ零れ落ちた。
(まさか……)
意に返さぬ表情、業務連絡のように菜乃花は淡々と言った。
「学生証で名前を確認。名は友梨。かなりの重傷だが、命に別状はない。現在は別施設で保護中だ」
「――っ!!」
義紀の身体が反射的に起き上がる。
反動で痛みが走ったが、それすら忘れていた。
「友梨が……生きてる……?」
ありえない、嘘か夢物語か疑うほどに。
義紀の胸の中で、クロと共に戦った記憶――「友梨を守りたい」と願った感情が、熱く広がっていく。
「落ち着け。会わせるのはまだ許可が下りていない」
「なんでだよ! 生きてるなら、今すぐに会わせてくれ!」
「ああ、生きてる。お前が押し通した光の柱の影で、奇跡的にな」
義紀は布団を握りしめる。
涙が落ちそうになるのを必死でこらえた。
(クロ……聞こえるか……
友梨、生きてたぞ……!)
返事はない。
けれど、胸の奥が温かく震えた気がした。
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