10話 錯覚さ 絶望まみれ デスマッチ
絶望と死体で積まれた腐敗塗れの瓦礫に吹き荒れる風が、粘りつくような砂塵を巻き上げる。
その中心で、義紀とクロが融合した怪物――“復讐者”が、ゆっくりと支配種と向き合った。勇ましくも影の尾が風に揺れ、青い残光が夜闇を切り裂く。
支配種は無貌の頭部をゆっくりと傾け、地響きのような声を響かせた。
「……了承。人類代表対、異星種代表のデスマッチ決定。勝者が本地区の未来を得る……」
重く、冷たく、大気そのものを圧し潰すような宣言だった。
義紀とクロの身体に混ざった鼓動が、一瞬だけ強く脈打つ。
影の尾が反射的に四方へ広がり、地面を深く抉った。
だが支配種は動かなかった。
ただ、その巨大な身体を不快な静寂の中で揺らしながら、次の言葉を告げる。
「……名を登録。人類代表の識別名を提示せよ……」
「名、だと……?」
義紀の声が漏れた。
だがその声には義紀だけのものではなく、クロの電子音が混ざっている。ふたりの感情が交互に揺れながら、融合した存在の喉を震わせていた。
(義紀……名前……どうするの……?)
(……もう“義紀”じゃねぇし……クロ、お前でもねぇ……俺たちは……)
影の尾がゆっくりと揺れ、瓦礫にぽたりと黒い血の滴を落とす。
義紀もクロも、もう元には戻れなかった。
人の身体を捨て、猫の形を捨て、復讐のために融合してしまった。
けれど――名前だけは、彼らの決意を示すものになる。
「……クロシキ。そう、玄屍鬼と刻め」
義紀の苦い笑いが混ざった声。
悔しさを紡ぐその奥には、不思議なほど澄んだ意志があった。
(クロと……義紀……合わせた……?)
(クロシキか……悪くねぇだろ)
「設定……完了。人類代表“クロシキ”を登録……」
支配種の光学孔が一斉に赤く輝いた。
まるで、その名が宿した意志を観察しているかのようだった。
そして――地面そのものが割れた。
拠点核の奥から異星構造体が膨張し、球形の空間が周囲を包んでいく。
空気が急激に変化し、風が真横へ吸い込まれるように吹き荒れる。
巨大な黒い円柱が天へ伸び、闘技場のような閉鎖空間が形成されていく。
「……これよりデスマッチ会場を構築……」
その宣言と同時に、半透明の球状フィールドが地表を覆い、外の世界との境界が閉ざされた。
――二つの種族の運命を決める檻が完成した。
玄屍鬼は影の尾を八本広げ、その全てを支配種へ向けて構えた。
青と黒が混じる炎のような光が、体表を脈打って走る。
(義紀……行ける?)
(行くしかねぇ……ここで終わらせる。友梨も、海斗も、家族も……全部奪った奴らに、終わりを見せてやる……!)
クロの感情が流れ込む。
義紀の怒りと、焦燥と、絶望と、希望が重なる。
支配種の四本の腕が展開し、それぞれが別の武装に変形していく。
刃、突撃槍、光線砲、そして触手のようにしなるエネルギー体。
闘いのためだけに進化した姿。
「……開始条件整備。双方生命反応、闘争限界値に到達……」
支配種の足元で地面の光が渦を巻き、空中に巨大な紋様が描かれる。
「――デスマッチ、開始」
その瞬間、衝撃波が爆ぜた。
「開始じゃねぇよ――これで終焉だ!」
玄屍鬼は影の尾を一斉に射出し、まるで無数の蛇のように支配種へ襲いかかった。
支配種は四本の腕でそれらを迎撃し、金属の悲鳴と光線が四散する。
尾の一本が支配種の胸部に突き刺さる。
しかし、内部から黒い膜が逆流し、尾を押し返す。
(固ぇ……! これが本気かよっ……!)
(義紀、まだ……終わってないよ!)
クロが制御を補助するように神経を走らせる。
義紀の筋肉に相当する影の束が膨張し、二人の力が一点に集まる。
玄屍鬼は身体を低く構え、まるで獣の跳躍のように高速で支配種へ突っ込んだ。
金属の刃がぎりぎり胸元をかすり、黒い血が飛び散る。
しかし猛攻は止まらない。体を回転させながら尾で支配種の腕を絡め、へし折ろうとする。
「……無駄。適応率……上昇」
折れた腕が即座に再構築され、鋭利な刃がもう一度玄屍鬼の横腹を切り裂いた。
(くっ……!)
(義紀! あいつを抑える……今は、踏ん張って!)
クロの声が脳へ響くたび、義紀の傷が影で塞がっていく。
どうしようもない程に、再生速度は支配種の方が僅かに上回っていた。
互角ではない。
不利――かもしれない。
(義紀……あいつ……この姿の動きを完全に読んでる……)
(わかってる……奴は“支配者”だ……俺たちの怒りや感情すら計算に入れてやがる……!)
怒りが再び身体を灼いた。
玄屍鬼は影を広げ、地面を割り、瓦礫を巻き上げながら跳躍する。
「うおおおおおおおっ!!」
叫びが空間を震わせ、球状フィールドに反響した。
支配種が光線砲を放つ。
その攻撃に対し真横へ跳び、影の尾で光線軌道をねじ曲げ、空間の逆流を錯覚させた。
直後、玄屍鬼が支配種の首元へ影の刃を叩き込む。
数えきれない金属が裂け、黒い体液が飛び散った。
(いける!)
(まだだ――トドメじゃねぇ!)
しかし支配種は痛みを感じた様子もなく、無数の光学孔を玄屍鬼へ向けた。
「……観測完了。人類代表の闘争能力……想定を上回る。次段階へ移行」
支配種の背から、黒い羽膜が開いた。
最後の死闘を知らせるベルのように――空間そのものが、ゴングの音を鳴らした。
(義紀……来るよ……!)
「――上等だ!!」
玄屍鬼と支配種。
忘却で終わらせらない強い意志と地球の未来を賭けた“デスマッチ”は、ついに次の段階へ突入した。
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