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「あれは〝王妃〟だからそう言っていただけですよ」

「隣国が動くかもという情報もあるけど?」

「え? 元王妃なのに、隣国に嫁ぐのは無理だと思いますよ」


 セレスティーヌがツッコミを入れたら、母が苛々した様子で目頭を揉み込んだ。


 父が「んん」と咳払いをして、言う。


「どちらにせよ新聞に載ってしまうなら、話題を一つ提供すれば数日は落ち着けるだろう。招待状から一つ選んで、社交復帰する。もしくは週末にお前が出席して社交復帰する予定であると、匿名で私が新聞社に教える」

「週末に何かあるんですか?」

「陛下の希望を聞いて、舞踏会の開催準備がされていたのよ。それが今週にあるの」


 なるほど、理由をつけなくともアズレイド侯爵令嬢と話せる場を設けたというわけか。


(さすがアルフレッド様)


 帰国したアズレイド侯爵令嬢はまだ見ていない。


 アズレイド侯爵の話しからすると、芯がしっかりしていて気も強く、そのうえ彼の妻や他の娘たちに似て美人だという。


「私、まだお姿は見ていないのよね……見たいわ」


 というわけで、セレスティーヌは家族も出席するという舞踏会へ一緒に行くことを決めた。


 ◇∞◇∞◇


 セレスティーヌが別荘から帰宅した。


 一人身になった彼女に、大勢の男たちや名家がアプローチをかけて花束を贈り、手紙を贈り、プレゼントが山ほど届いた――と新聞は一面記事にした。


【彼女に選ばれる次の夫は、いった誰だ!?】

【しかも週末の舞踏会のパートナーを、その中から選ぶかもしれないという情報も】


 というところまで読み進めたところで、


 ――ぐしゃあっ。


 アルフレッドの手の中で新聞が圧縮される。


 朝の報告でやってきた三人の側近が、うろたえた。


「おぉ、まるで首を絞められたガチョウのようになっている……」

「なんという握力……」

「新聞がかわいそうですな」


 ひそひそと感想を言い合う。


「なぁ、お前たち」

「ひっ」

「はいっ」

「陛下なんでしょう!?」


 アルフレッドは、ゆらりと視線を持ち上げて三人を見据えた。


「離縁したばかりなのにアプローチするような男共を、どう思う」

「よ、よくはないですよねっ」

「そもそも彼女は素晴らしい女性なんだぞ。釣り合う男が、そう簡単に現れるとでも?」

「思いませんっ」

「と、ところで、アズレイド侯爵令嬢からの返答はいかがでしたか?」


 一人の側近が話しを変えた。


 アルフレッドは新聞を床に投げ捨てると、忌々しそうに執務机の上にある便箋へと目を落とした。


「同じだ。また『胸に手を当てて考え直せ』、と」


 正論……という空気が三人の空気に漂う。


 一人が間もなく、ため息をもらした。


「舞踏会の機会もありますし、ここははっきりさせたほうがよろしいかもしれません。皆さんもいかがです?」


 彼の気まずそうな呼びかけに、他の二人が間を置いてうなずく。


「何が言いたい」

「陛下。王妃、いえセレスティーヌ公爵令嬢はまだ十八歳です。すぐの再婚もありうるでしょう。アプローチを受けるのもおかしなことではありません」


 アルフレッドは――思わず言葉を失った。


 自分でも驚いた。その可能性を、〝まるで考えていなかった〟のだ。


「この国の令嬢、しかもヴィジスタイン公爵家の令嬢です。結婚はすることになります」


 その通りだった。

 国の三大公爵家の一つ、国王の近くで支えるヴィジスタイン公爵家だ。


 彼女が十二歳の頃、北と南で王の目となり領地を治めている他の二家の公爵家が、つながりの強化のために結婚させるのはどうかと話が出ていた。


 それを、アルフレッドは彼女と過ごしていた際に聞いたのだ。


『どのお兄様も素敵な方よ』


 誰と結婚になっても構わない。


 どの相手と結婚するのか、そそも決めるのは家か、王家だ。


 それもアルフレッドも、じゅうぶんに理解していたはずだった。


(そしてセレスティーヌも、だからこそ――)


 そんなアルフレッドの思考を、側近が言語化する。


「これから彼女が決めると噂されているアプローチした男性たちの中から、彼女の〝夫〟が早々に決まる可能性もあります。セレスティーヌ公爵令嬢も賢いお方ですから、必要だと考えてお選びになられるかと」


 必要だから十三歳で結婚を決意した。


『それがあなたのためになるのなら』


 ――がたんっ。


 十三歳だった彼女の返事を思い出した時、アルフレッドは立ち上がっていた。


 机のうえに視線を落としたままの彼の様子に、三人が息を呑む。


「夫? 俺の代わりに、どこかの男がセレスティーヌを妻にすると?」

「陛下、申し上げてよいのか迷いますが……」

「よい、申してみよ」


 それでは、と側近の一人が恭しく頭を下げる。


「我々も協力者でした。言わせていただくと、あなたとセレスティーヌ公爵令嬢は、夫婦ではありません。あくまで友人の域をこえませんでした」

「っ」

「セレスティーヌ公爵令嬢様も手を取り、口付けを交わされる相手がほしい年頃かと――」


 続く言葉は、うまく耳に入ってこなかった。


『アルフレッド様。いえ、部屋の外では、陛下とお呼びしなければなりませんわね』


 セレスティーヌと手を取り、パーティー会場へ入った日の光景がアルフレッドの脳裏に蘇る。


 彼女が誰かに頬を染め、憧れる姿は想像したことがなかった。


 どんなに酔ってもベッドで妙な空気になったことはないし、アルフレッドが一緒にいて一番心が落ち着く相手だった。


 けれど、離縁をセレスティーヌが嬉しそうにしていたのは――。


(彼女も、一般的な恋愛がしたかった?)


 仕事や趣味にばかり気が向いていると思っていたが、彼女も〝普通の夫婦〟に憧れを覚えていたのだろうか。


 仲睦まじげにキスをし、愛し合い安らかな眠りに落ちる。


(それを、俺以外の男がこなすことになるのか)


 腹にドス黒い感情が込み上げた。


 触れたら殺してやる、と初めて知る醜い気持ちだった。


『お断りします。まずはご自分のことを、よくよくお考えくださいませ』


 王城で帰国の挨拶という名目で会った際、アズレイド侯爵令嬢は切り出した途端にそう告げてきた。


 いつもたった一言で、提案を考えもせず断る冷静沈着な女性。

 苛立つ返事だと思っていたが、彼女の言葉は正しかったらしい。


「おい」

「は、はいっ」


 三人が声を揃え、背筋を伸ばす。


「アズレイド侯爵令嬢には、補佐官はどうかと打診をかけておけ」

「は……補佐官、でございますか?」

「彼女は自分が活躍できる場を欲している。外交、政治、王、王妃の補佐、希望を聞こうと伝えておけ」

「陛下から返事は書かないので?」

「俺はやることがある。謁見は、すまないが日程をずらすと伝えて調整をかけておけ」


 アルフレッドは続けて理由を口にした。


 側近たちは大喜びし、協力すると返事をした。

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