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セレスティーヌと彼の結婚は、必要あってのことだった。
二人が十三歳の時、流行り病を懸命にどうにかしようと自ら奔走した前国王夫妻が亡くなり、アルフレッドが王にならなければならなかった。
その後ろ盾に、セレスティーヌの父であるヴィジスタイン公爵がなった。
『一番の友人だ。頼めるのは君しかいない』
『分かっていますわ』
一時的に、結婚することにした。
その取り決めはアルフレッドとセレスティーヌ、そして彼女の父を含め、アルフレッドが信じられる少ない側近たちがいる中でされた。
そして十三歳の国王と王妃が誕生する。
国民たちは祝福した。
者心ついた頃からの幼馴染であり、勉強も楽しそうに張り合っていた。
王子様だった頃のアルフレッドの口癖は、『一番の友人』。
前国王夫妻も嬉しそうに見守っていて、いずれ結婚するのではないかと国民たちは噂していた。
でも、本当に違うのだ。
セレスティーヌと彼は、いい友人だった。
けれどそれから五年、セレスティーヌの心が成長と共に変わっていくなんて、彼は予想もしていなかっただろう。
そしてセレスティーヌは、ある日言われた彼の言葉に、あくまで友人として期間限定の妻の役目を全うすることを決めたのだ。
◇∞◇∞◇
結婚して五度目の誕生祭となると、たった十三歳で夫婦になった国王と王妃が、どちらも春生まれであることも国民はよく知っていた。
国王に続いて、王妃の誕生祭が行われる。
結婚した際には幼かった二人だが、十六歳では国民が望むように跡取りを残す義務も果たすと宣言。
あれから二年が過ぎたが、二人が多忙であることを国民たちは知っている。
とはいえ国王に続き、王妃も十八歳になった。
これを機に、本格的に日程を調整して子を第一優先に考えるのではないかと、期待の声が上がっているのだが――。
「聞いたか? 隣国に留学して第一王女の侍女を数年務めたアズレイド侯爵令嬢が、帰国したそうだ。何やら王家から打診があったとか……」
「アズレイド侯爵のほうが推薦したという噂もあるぞ」
「えっ、子供がなかなかできないから側室を?」
「分からん。彼は陛下たちが信頼している側近の一人だろう。王妃様が十八歳になられたばかりだぞ、さすがにそんなこと――」
そんな声が城内に溢れている。
セレスティーヌはその話し声を聞きながら、めちゃくちゃ嬉しそうな顔で走っていた。
「王妃陛下っ、走ってはいけませんっ」
「ごめんなさい侍女長! あなたはあとで着いてもいいわよ」
「そんなことできませんっ」
侍女長がひーひー言いながら失速していくのを肩越しに見やって、セレスティーヌは再びにっこりと笑顔で前を向く。
(よくやってくれたわ、アズレイド侯爵!)
まさか、あんな逸材が近くにいただなんて。
いや、彼の三女である侯爵令嬢の留学は二人が結婚する数年前の話だから、名前が挙がってなくて当然だろう。
アズレイド侯爵も帰国してくれるとは思っていなかったらしい。
『自分勝手で行動力がピカ一の娘でしたので』
『それはいいではないか』
『ええそうね、相応しいのではないかしら』
そんな会話をしたのが、帰国の知らせを受けたアズレイド侯爵が教えてくれた日のことだ。
ようやくアズレイド侯爵令嬢が邸宅に到着した。
アズレイド侯爵夫人が確認してくれたが、付き合っていた男性はいない、結婚したい相手は決まっていない。隣国に戻るつもりはなく、このまま母国で仕事をしたいとか――。
(仕事! やる気にも満ちて、素晴らしい女性だわ!)
セレスティーヌは期待に胸が震えていた。
(もしかしなくても、今日とうとうっ)
ようやく、アルフレッドの願いが叶うかもしれない。
そして自分もまた〝お役目ご免〟になる日が来るのだ。
それから間もなくセレスティーヌは、国王との休憩時間を迎えた。
「かなり早く仕事を終わらせたそうだな」
「はい。張り切っておりましたので」
「うむ。俺も早く君に結論を伝えたいと思い、張り切って仕事を終わらせた。さすが一番の友人だ、俺たちは考えることも同じだな」
彼が楽しそうに笑った。
普段は気を張って無表情でいることも多いので、こうして気を抜いた様子でてくれるのは嬉しいい。
(愛変わらず濃い金髪だわ)
アルフレッドは黄金色の髪をしていた。セレスティーヌの一見すると金髪とは分からない、髪も細くて好きに広がってしまう薄いベージュの髪とは、全然違っている。
昔は中性的だと思えた美しさも、十八歳になった彼は実に男らしい端正な顔立ちになった。
十三歳の時はセレスティーヌと背丈が変わらなかったのに、今は座っていても彼のほうが縦に長いと感じるほどだ。
「先日出ていた案だが、アズレイド侯爵令嬢を王妃に迎えることに決めた」
セレスティーヌが向かいのソファに座るなり、アルフレッドは言った。
「経歴を見ても相応しく、国民たちが求める素質もすべて兼ね備えているだろう」
息をのむ間があった。
「ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?」
セレスティーヌは口をパッと両手で押さえ、感極まった様子で言った。
アルフレッドがうなずく。
「ああ、そうだ。これまでご苦労だった」
「ありがとうございます! これまで本当にお世話になりました」
「いやこちらこそ本当に世話になった」
二人は、息ぴったりに頭を下げる。
「いつ出ていってもよろしいのでしょうか?」
「君が望むタイミングで構わないぞ。就寝の際にも苦労させからな」
「ベッドを二人で揺らしたりしましたものね」
「ああ、努力の日々だった」
「もう眠ってしまいたい中での就寝前のあれは、本当に大変でございました……」
セレスティーヌは頬に片手を添え、ため息をこぼした。
「すぐに眠りにつきたいと君は言っていたからな。今日からでもそうしたかったら、そうしよう」
「よいのですか?」
「ああ、結婚した際に作っていた離縁の書類を出せば、君は義務から解放される。王妃の引継ぎは――」
「彼女の話が上がった際から進めておりましたわ!」
「さすがはセレスティーヌだ」
彼は腕を組み、しみじみとした様子で言う。
「セレスティーヌ、君とはいい協力関係だった。俺からしてやれることは少ないが、よければ今日の残りの仕事は引き受けよう」
「ほぼ終わっていますから、そうご負担にはならないかと」
「そんなに張り切ったのか」
「アルフレッド様から吉報を聞けると推測しまして」
セレスティーヌは、にっこりと笑いかけた。
「王妃にふさわしい女性が見つかって、よかったですね」
「ありがとう。先に離縁すれば、いずれ皆も次の結婚を受け入れざるを得ないはずだ。その前にアズレイド侯爵令嬢を説得しなければならないがな」
「アルフレッド様ならきっとできますよ。応援しています」
「協力してほしい気持ちはあるが、さすがに五年忙しくさせ続けた。あとは任せてくれ」
セレスティーヌは「はい」と答えた。
それでは二人の短い話しは終わった。もともとそう見越してお茶も用意していないことは、お互いが知っていた。