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仮面  作者: 道上 萌叶
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「あ」


 ネットニュースを一通り読んで、何気なしに開いたSNSで、好きな小説家の本が今日発売されることを知った。

 時計を見ればすでに15時を回っている。着替えもしていなければ、髪もそのままだから今からでも行ける。

 重たくなった腰をあげて、歯磨きをしてから家を出る。



「あ、った」


 目当ての本と、他にも気になった本を手にカウンターに向かう。


 私は人に興味を持てない。それでも本は好き。大好き。

 本というよりは、文章が好き。言葉が、文字が連なった文章になら興味を持てる。でも周りの人に文章が、本が好きな人はいないから話の種にはならない。一度だけ高校の同級生との会話の中で、私が本を好きだと言ったことがあるが、それ以降は話題に上がらない。私が話題にしない。あの時の同級生の言葉が、私の心に重くのしかかっているから。

 ぼんやり考えていると、いつの間にか私の番になっていた。手にした本を店員さんに渡し、カバーもお願いする。電子決済をして、素早く丁寧な手つきでカバーされた本を受け取り、来た道を辿って家に戻る。



 家に帰って、お風呂のお湯をためる。

 お湯がたまる間に、冷凍ご飯が切れていたことに気づいて、お米を研いでセットする。

 のんびり着替えの準備をして、ハーフアップにした髪をほどいてから、メイクを落として髪と身体を洗ってお湯につかる。洗顔をして、かけ湯をして、髪を軽く拭いてからタオルを頭に巻いて脱衣所に出る。水気をふき取った体に下着と部屋着を身に着け、保湿をして、髪を乾かしながら、晩御飯のメニューを考える。

 洗濯機を回して、冷蔵庫を開ける。ほうれん草と冷凍してあった鮭を取り出して、鮭はフライパンで塩焼きに、ほうれん草は沸騰させたお湯で茹でる。ほうれん草を茹でている間に、すりごまと醤油と砂糖を混ぜ合わせておく。その間に焼け目がついた鮭をひっくり返す。(ゆだ)ったほうれん草をお湯から上げ、お湯は捨てずにカットして冷凍してあった大根と玉ねぎと人参を入れる。火が通ったら豆腐を切り入れて、粉末だしをいれて味噌を溶く。ほうれん草を絞って水気を切り、4、5センチに切り分けてから混ぜておいた調味料と合わせる。焼きあがった鮭と、ほうれん草の胡麻和え、みそ汁、炊けたばかりのご飯を盛りつけ、作り置きしてあった高野豆腐の煮物を小皿に持ってレンジで温めて、晩御飯の完成だ。


 テーブルに晩御飯をセットして、パソコンに電源を入れる。パソコンのアプリで、かつて同じ部活だった子から勧められた、アイドルグループが司会を務めている番組を再生しながらご飯を口に運ぶ。

 30分程度の番組が終わるころには、ご飯も食べ終わっている。そのままアプリも閉じて、パソコンをシャットダウンさせてから、洗濯物を干して、洗い物をして、歯磨きをする。


 すべての工程が終わって、ようやく自分の時間になる。ここから寝るまでは自由だ。

 休みの日でも、普通の人としての【仮面】を被るために、ここまでの工程で省くことのできるものはない。

 私の自由な時間は、この時間だけ。私が、【仮面】を脱ぎ捨てて本当の私になる瞬間。

 買ってきた本を開く。本を読み始めれば、今日、自分がどんな風に過ごしていたのかも、明日の講義のことも、バイトのことも、余計なことは何も考えなくていいい。本当の世界から、私の心に潜む邪魔な感情から切り離されて、本の世界、文字の世界に没頭できる。



 最後のページを(めく)って、最後の文章から作者のプロフィール、出版社や発行者名、この本に印刷されているすべての文字に目を通して、ようやく私は現実に戻ってくる。


 ああ、戻ってきてしまった。


 戻ってきてしまえば、心の中にポコポコ感情が生まれる。

 時計に目をやれば、日付が変わる一歩手前。他の本も読んで、脳内を埋め尽くす()()()()()を忘れてしまいたいけれど、そうすれば明日起きれない。

 諦めて電気を消して、目を閉じる。

 目を閉じてから、いつもの言葉を口にする。


「明日は、普通の人になれますように」


 数年前から毎日続けている儀式。

 未だ叶うことのない、私の唯一の願い。

 明日こそ、仮面を被らなくても、普通に人を好きになって、普通の人のように生活出来ますように。

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