静寂に残されたもの
夜が明ける気配は、まだなかった。
けれど、どこかで風が変わった気がした。
ヴァルトは、空を見上げる。
廃墟となった都市の片隅で、瓦礫の山を背に、剣を背負って立っていた。
身体の痛みはない。
だが、それは逆に――不気味なほど、何も“感じない”ことを意味していた。
「……お前が案内したい場所があると言っていたな」
背後で荷物をまとめていたフィーネが、顔を上げる。
「うん。ここから少し南に、残ってるの。
昔の人たちが暮らしていた、施設……多分、観測用の」
彼女の声には、いつもよりわずかに熱があった。
感情というより、“思い出しかけた何か”に近いもの。
「案内してくれ」
短く返して、歩き出す。
地面にはまだ、戦いの痕跡が残っていた。
焦げた金属、砕けたパーツ、そして――血ではない、冷たい油の臭い。
ヴァルトは、ちらりとそれを見やった。
「……あれが何だったのか、正確にはわからないけど。
でも、あなたが斬ったその瞬間、私……不思議なものを感じた」
フィーネがぽつりと呟く。
「何かが……終わって、始まった気がした」
ヴァルトは答えない。
けれど、その手の中には未だ黒剣が収まっている。
彼にはわかっていた。
戦いは、終わってなどいない。
◇
辿り着いたのは、コンクリートに覆われた半地下構造の廃施設だった。
植物に覆われた通路、風に鳴る鉄骨。残骸の中には、時折小さな記録媒体のようなものが転がっていた。
「これ……あなたの剣、何か感じたりしない?」
フィーネがそう言って、欠けた円盤状の金属片を手に取る。
ヴァルトは手を伸ばし、黒剣の柄尻をかざす。
……何も起きない。
だがその一瞬、彼の脳裏に、かすかな――声のような感覚が残った。
言葉にならない。映像にもならない。
ただ、何かが“そこにあった”ことを、剣が覚えている。
「……記録か?」
「うん、多分。でも、それを読むには――」
フィーネが言いかけて、口をつぐむ。
彼女自身も、まだその“鍵”を知らない。
だがきっと、その鍵はどこかにある。剣の中か、それとも彼女の中か。
ヴァルトは金属片を拾い、そっとそれを胸元の布に包んだ。
記録は、武器にもなる。
そして、記録は――誰かの生きた証だ。
そう、あの時。黒剣が音を立てたのは、ただの反応ではなかった。
“見届けた”という記録の始まり。
この剣は、何かを“残す”ためにある。
彼は、ゆっくりと廊下を歩き出した。
背後で、フィーネも小さく頷いてついてくる。
記録に残るのは、彼らの足音だけ。
けれど、その一歩一歩が、確かに今を刻んでいた。