再誕の刻
肩を貸して歩く、その重みが微かに変わった。
フィーネの体温が下がり、歩幅が小さくなる。
「もう少しだけ、休もうか」
ヴァルトは無言で周囲を見渡し、崩れかけた橋脚の下へ足を向けた。
廃墟の陰、吹き込む風の音だけが世界を撫でていた。
彼女は静かに座り込むと、肩の傷を押さえて小さく息をつく。
「痛みはどうだ」
「……我慢できる。でも、気を抜いたら眠っちゃいそう」
「……眠気が来るのは回復してる証拠だ。だが今は、目を閉じるな」
それは命令ではなく、願いに近かった。
ヴァルトは黒剣を抜かずに、その脈動だけを感じ取る。
第二の戒印。
剣の奥で、それはまだ熱を帯びたまま沈黙している。
“意志の問いに応じる力”――再誕。
まだ発動の刻ではない。
それでも、剣は主の心の震えを感じていた。
――この命を、もう一度握りしめる覚悟があるか?
その問いを前に、ヴァルトはただ剣を握りしめることしかできなかった。
そのとき――
コツ、と何かを踏む音。
風の音の中に、わずかな“気配”が混じった。
反射的に振り返った瞬間、空気が爆ぜるように裂けた。
無音に近い速さで、鋭い“何か”が飛んできた。
咄嗟にフィーネを庇った瞬間、ヴァルトの背に衝撃が走る。
金属の塊のような何かが突き刺さり、脊髄近くを抉った。
「――ッ!」
感覚が、焼き切れる。
呼吸が一瞬止まり、視界が反転する。
そこにいたのは、新たな機械生命体。
前と同じ型ではない。人型に近く、より静音性と精度に特化した戦闘個体。
ヴァルトは剣を構えるより先に、膝を折っていた。
フィーネが息を呑む。
血が、彼の口元に滲んでいる。
黒剣が、振動する。
その剣身に、淡い光が滲み始める。
戒印が、応える。
ヴァルトの意識が薄れる中で、確かに“音”が聞こえた。
――再起動、開始。
黒剣の芯から、光が放たれる。
空気が逆流するように周囲を巻き込み、
傷口から走る激痛が、次の瞬間には“無”へと変わった。
視界が、戻る。
呼吸が通り、鼓動が整う。
すべてが、巻き戻されたわけではない。
だが、ヴァルトは確かに“生き返っていた”。
立ち上がる。
目の前にいる敵は同じ、傷は消えた。
だが、自分の中で何かが――確かに切り替わっていた。
フィーネが、声にならないまま彼を見つめる。
ヴァルトの背に、光の刻印が一瞬だけ浮かび、消えた。
第二戒印、開封。
再誕、発動完了。
「……俺は、死に直面しても……守りたいと願った。
だからお前は応えたんだろ。――記録しておけ。この命は、“意志で繋いだ”ものだ」
その声が、黒剣に記録された。