表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/29

欠片の記憶

 風が止んだ。


 


 崩れた歩道橋の下、鉄骨が幾重にも絡み合う空間に、二人の影が沈んでいた。

 黒剣が、静かに鳴った。


 


 フィーネが足を止め、耳に手を添える。

 空気の振動ではない。心の奥に、何かが触れてくる。


 


「また……聞こえる」


 


 ヴァルトは頷く。


 


「記録に反応してる。近いな」


 


 瓦礫を踏み越え、奥へ進む。

 そこは、かつてのシェルター跡のようだった。崩落した天井。焼け焦げた壁面。

 酸化した金属の臭いが、まだ微かに残っていた。


 


 黒剣が再び脈を打つ。

 今回は、明らかに“何か”を伝えようとしていた。


 


 フィーネがその場に膝をつく。

 古びた金属板に、指先を軽く触れた。


 


 ――視界が、揺れた。


 


 光。熱。誰かの声。

 耳ではなく、心に直接響いてくる。


 


 ――『……遅いよ……でも、信じてるから』

 ――『君が来るって、ずっと、思ってるから』


 


 焦げた匂い。振り返る暇もない。

 目の前にあった誰かの手は、もう届かない。


 


 ――『手、離さなきゃよかったな……』

 ――『これで良かった、なんて、まだ言えないのに……』


 


 胸の奥に、何かが突き刺さる。

 フィーネの視界がぶれる。言葉が、心に染みるように流れ込んでくる。


 


「苦しい……こんなの……私じゃないのに……」


 


 涙が、自然とこぼれていた。


 


 ヴァルトが隣に立ち、剣を抜かずに手を添える。

 黒剣が、低く鳴った。


 


「記録の中に、声があるのか」


 


「うん……声だけじゃない。

 あの人、たぶん……誰かを待ってた。誰かに、届いてほしかった」


 


 フィーネの目が、揺れる。


 


「……でも、それが誰だったのか、私は知らない。

 それなのに、泣いてる。心が勝手に……痛いって、言ってる」


 


 その言葉に、ヴァルトは何も返さなかった。


 


 黒剣の記録は、因果を刻む。

 だが、その意味を感じ取るのは、人間――


 


 彼女はそれを、今、体の内側から理解していた。


 


「ねえ……これって、私の感情なのかな?」


 


 その問いは、誰にも答えられなかった。

 だが、確かに“心”がそこにあった。


 


 感情とは、教わるものではなく、心に芽生えるもの。

 彼女の中に、それが今、ほんのわずかに灯り始めていた。


 


 ヴァルトは、静かに黒剣を背に戻した。

 その動作は、まるで――剣に語りかけるようだった。


 


「これが……記録の意味か」


 


 声に、重みが宿る。


 


 黒剣はまた、脈を打った。

 その波動は、彼の掌から、フィーネの胸元へと染み込んでいくようだった。


 


 感情が記録され、記録が感情を育てる。


 


 それは、ただの武器ではない。

 ただの少女でもない。


 


 二人の旅は、確かに“心”を刻み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ