遭遇
静寂が、割れた。
乾いた足音が止まった瞬間、風の流れが変わった。
ヴァルトは背後に、微かな気配を感じていた。
その気配は、敵のものではなかった。
殺気も、機械の冷たい作動音もない。
ただ、まるで――人の気配。
彼は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
瓦礫の影から、誰かがこちらを見ていた。
痩せた小柄な身体。長い布を羽織った少女。
目だけが、異様に澄んでいた。
「……人間、か?」
そう問うと、彼女は少しだけ首を傾けた。
答えの代わりに、彼女の目が黒剣を見た。
視線が合う。
それは言葉ではなかったが、何かが確かに伝わってきた。
疑念。畏れ。敬意。そして――懐かしさのような何か。
「君は……“目覚めた”の?」
彼女の声は、想像よりも柔らかかった。
だが、その響きには遠くを見てきた者の深さがあった。
ヴァルトは驚かなかった。ただ、少しだけ視線を落とした。
「……生き残っていたのか」
「はっきりとは思い出せないけど……なぜか、ここに来なきゃいけない気がしてたの」
その言葉に、何かをごまかすような様子はなかった。
だが、それゆえに彼女の存在は浮いていた。
二千年の間、機械生命体が支配し、世界は崩壊したはずだ。
人間が、ましてや“言葉を持つ者”が生きているなど――想定外だった。
少女は少し距離を縮めた。
ヴァルトの足元に転がる、機械生命体の残骸を見下ろす。
「あなたが、やったの?」
「ああ。機械の残りかすだ。大した相手じゃない」
「……あなたの背の剣。動いているのね。鼓動のように」
少女の言葉に、ヴァルトの表情がわずかに動いた。
「見えるのか、それが」
「うん。音も聞こえる。“記録してる”音」
その瞬間、ヴァルトの指が僅かに反応した。
黒剣の鼓動――それを“音”として感知できる人間が、果たしてどれほどいるというのか。
「名は?」
短く問う。
「フィーネ。そう呼ばれていた気がする。あなたは?」
「……ヴァルト。ヴァルト=クローネ。
二千年前に“終わった世界”を、封じた者だ」
少女はそれを聞いても怯えなかった。むしろ、その名前に反応を見せた。
「……聞いたことがあるの。
剣と、共に眠る人の話」
その言葉に、ヴァルトの胸が僅かに揺れる。
この世界に、まだ“記録を受け継いでいる誰か”がいた。
それだけでも、意味があるように思えた。
「君は、どうやって生き延びていた?」
「わからない。ただ……“護られていた”気がする。誰にかは、思い出せない」
言葉の端々に、機械にはない“感情”があった。
確かに、この少女は人間だ――と、ヴァルトは思った。
それが事実かどうかは、まだわからない。
だが、今は疑うよりも、受け止めるべきだと思った。
「行くぞ。ここに長く留まるのは危険だ」
「……どこへ?」
「まだ決まってない。だが、歩く。世界の“今”を記録するために」
少女は一瞬、迷うように目を伏せた。
そして、静かに頷いた。
「なら、私も行く。“私の記録”も、そこにある気がするから」
黒剣は、その会話に反応するように、わずかに脈を強めた。
その振動は――二千年ぶりに、人の言葉を受け取った証のように思えた。
二人の影が、瓦礫の中に並ぶ。
機械の眼がそれを見ていることに、彼らはまだ気づかない。