記録の殿堂
アクセスルートの通路を抜けた先に、それはあった。
鉄とガラスで組まれたドーム状の施設。地中深くに隠されたその空間は、まるで時代の残滓そのものだった。外壁には機械語で構成された管理コードがびっしりと刻まれている。文字の意味を読み解くことはできないが、どこか“見られている”ような圧迫感がある。
「ここが……旧都市端末センター」
ヴァルトがつぶやく。声は深く、施設内に反響した。
無人の空間は不気味なほど静かだった。レンは足を止め、視線を中央のホログラム端末に向けた。
「ここから先は、俺には入れない。識別結界が反応する。……気をつけろよ」
「ああ。ここからは、俺たちだけで行く」
ヴァルトは短く返し、黒剣の柄に触れながら歩を進めた。フィーネもその背に続く。
施設の内部は冷たい金属の香りが満ちていた。壁一面に並ぶ記録端末はすでに起動しており、いくつかのスクリーンには無作為に映像が映し出されていた。
――街の崩壊、燃え上がる空、機械生命体との戦闘。
「記録」と呼ばれるものの正体が、痛みと犠牲によって構成されていることを物語っていた。
「こんなにも……」
フィーネが、かすかに息をのむ。
その声に応えるように、黒剣がわずかに震えた。ヴァルトが即座に構えると、剣の表面に黒い紋様が浮かび上がり、中央のスクリーンが切り替わった。
映し出されたのは、誰かの背中――剣を手に、何かに立ち向かおうとする者の姿だった。
「……これは……?」
「記録球に近い反応。おそらく、黒剣が保存していた過去の記録だ」
ヴァルトは目を細めて映像を見つめた。そこには名前も語られない者たちの“選択”が、記録として残っていた。
敵を前に怯え、逃げる者。命を賭して仲間を守る者。力に溺れ、破滅へと至る者。
そのどれもが、“人間”だった。
フィーネは、自然と胸に手を当てていた。
心が、揺れていた。
「……感じる。これ、誰かの……悔しさ、怒り、祈り……そういうもの」
感情とは、記録できるのだろうか? それとも、ただ“残響”のように漂っているだけなのだろうか?
ヴァルトは静かに目を閉じた。
「記録された感情――それが真実かどうか、誰にも証明はできない。でも……この剣が、それを“確かに存在した”と記しているなら――」
その言葉に、フィーネはうなずいた。
「……私も、記録する。剣が残せない“揺らぎ”を。心の震えを、私の中に」
そのとき、黒剣の紋様が淡く輝いた。まるで、何かが認められたかのように。
***
さらに奥へと進んだ先に、巨大な門が姿を現した。
中央に円形のくぼみがあり、その縁には十の溝が刻まれている。それはまるで――
「これは……“戒印”の形状に似ている……?」
ヴァルトがそうつぶやいた瞬間、黒剣が微かに反応を示した。
だが、門は開かない。
「鍵が必要……? あるいは、全ての戒印が揃わないと開かないのか」
ヴァルトが黒剣を軽く構えると、門の一部がわずかに振動しただけで、再び静けさに包まれた。
レンが言っていた“最奥”はこの先にあるのだろう。
「ここが、核心部……。黒剣の設計思想、“記録の起源”に触れる場所だ」
「でも今は、まだ――」
ヴァルトは剣を納め、静かに振り返る。
「進めない道があるなら、今は進むべきじゃない。……先に進む“意味”を、見つけてからでいい」
その言葉に、フィーネもまた頷いた。
かつて人が未来のために遺した記録の殿堂。
それは、今を生きる者たちの問いかけに、まだ沈黙のままだった。
――だが、その扉は、必ず開く。
問い続ける限り。




