封じられた階層
草木が絡みつく階段を踏みしめながら、ヴァルトは静かに息を吐いた。
その足取りには、かすかな違和感が残る。第二戒印、再誕の効果で再生した肉体は、痛みも傷もなかったが——どこか「置いてきた感覚」があった。
フィーネは隣で、小さく歩幅を合わせていた。
重たい沈黙の中、彼女は言葉を選びながらつぶやく。
「……まだ、下がある」
階段は建物の奥へと続いている。観測装置はすでに朽ち果てていたが、フィーネの手元にある簡易端末には微弱な反応が残っていた。
それはまるで、誰かが“記録”を見せようとしているかのように、下層へと誘っていた。
「もともとは、地上だけの施設じゃなかったみたい。
迎撃だけじゃなくて……観測と、保管。そういう機能もあったのかもしれない」
「記録の……保管か」
ヴァルトは黒剣を見やる。
この剣は記録する。声なき声を、断ち切られた歴史を、過ぎた時間すらも。
そして、彼女もまた——
「……あの時、記録球に触れたとき。何か、感じた?」
問われたフィーネは、少しだけ迷って、目を伏せた。
「……わからない。けど、怖かった。知らないのに、知ってる気がして。
それが……私じゃない誰かのものだったような……そんな感じ」
「それは……記録に触れた感情、か」
フィーネは答えなかった。ただそっと、胸元を握りしめた。
ヴァルトは剣を手に、階段を降りる。
下へ。さらに下へ。空気が重くなり、光が失われていく。
やがて、彼らは小さなドーム状の空間に辿り着いた。
——旧都市端末センター。
それは、人類がこの世界に残した中枢であり、最深部。
「これは……地下施設、か」
「正確には、観測施設の“地下拡張区画”。
記録球に反応したとき、座標が浮かんだの。ここに、何かがあるって」
ヴァルトは天井を見上げる。古びた配線と崩れた鉄骨。
地震か戦闘の名残か、それとも、時の流れの残酷さか。
全てが沈黙していた。だが、それでも——
黒剣が、音もなく震えた。
「……感じる。ここには、剣が知っている“何か”がある」
「でも、まだ扉は開かない。
記録の一部は……たぶん、封じられてる」
「なら、解くしかない。戒印を、記録を——一つずつ、だ」
フィーネがそっと、手を伸ばしてヴァルトの背中に触れる。
彼の足元には、うっすらと、封印装置の残滓のような模様が浮かび上がっていた。
「ここが中心じゃない。
でも……“鍵”は、ここで拾える気がする」
ヴァルトは黙ってうなずいた。
この場所を、一度離れなければならないと直感していた。
すべての記録を開くには、まだ足りない。
力も、想いも、覚悟も。
けれど確かに——
「ここには、“戻ってくる理由”がある」
そう呟いて、彼は踵を返す。
仄暗い施設を背にして、再び、外の世界へ。
かすかな光を頼りに、ふたりは再び地上を目指した。
それは、再訪の誓い。
いずれすべてを解く、その時までの——静かな記録の始まりだった。




