記録に刻まれなかった者たち
静けさに包まれた観測施設の最深部。
ヴァルトは剣を鞘に収め、崩れかけた操作台へと歩み寄る。
かつて何百という記録が処理されていた場所──だが、黒剣はそこに“痕跡”を感知しなかった。
「やっぱり……ここも、何も残ってないのか」
「……違う。何かが“消されてる”」
フィーネが懐から記録球を取り出す。
それは先ほどまでは沈黙していたはずだった。だが今、球面の奥に淡い光が揺らいでいる。
フィーネの指先が触れた瞬間、黒剣が淡く共鳴した。
「これは……戒印でもない。命令コードの断片……いや、それすら未完成だ」
「記録……だけど、断ち切られてる。途中で、何かに塗りつぶされてる」
二人の視界に浮かび上がるのは、かすれた映像。
人影、装甲、そして整列する小型の機械生命体たち。
彼らは戦場へ向かうように並んでいた──人間が、それを送り出していたのだ。
「まさか……機械生命体を“迎撃兵器”として使っていた……?」
「あり得る。数、速度、破壊力。……軍用に改造されていたとしても、おかしくない」
「でも、制御に失敗した……」
映像が乱れる。
制御塔の火災。機械生命体が人を襲う。記録係の叫び声。
そして、突如として全ての映像が途切れる。
その瞬間、記録球の光がふっと消えた。
「……これ、記録の“断片”だね。誰かが封印される前に、わずかに残した……」
「あるいは、わざと一部だけ“開かせる”ように仕込んだか。何のためにかは、まだわからない」
フィーネは静かに記録球を胸元に戻す。
その指先は微かに震えていた。怒りか、悲しみか、それとも誰かの想いが流れ込んできたのか。
ヴァルトは、天井の崩落跡を見上げた。
「黒剣に刻まれるのは、過去の“事実”だけだ。
けど、そこに“想い”が残るなら──それを刻むのは、お前だ、フィーネ」
「……私が、刻んでいいの?」
「他に誰がいる。記録とは、ただ保存するだけじゃない。
意味を見出し、繋ぐ者がいて初めて、“記録”になる」
ふいに、扉の奥から微かな振動音が響いた。
二人は静かに、剣と記録球を携えて進む。
その先にあるのが、新たな敵か、あるいは──また別の“記録”かを確かめるために。




