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終わった世界

 斬撃は、音すら残さなかった。


 


 ヴァルトが一歩踏み込んだ瞬間、黒剣は空気を裂き、

 淡く赤黒い軌跡を描いた。

 影を辿った斬撃が、機械生命体オートマタの胴体を寸分の狂いもなく断ち切っていた。


 


 遅れて火花が散る。関節部から油が滴り、

 機械は膝をつき、崩れるように沈んだ。


 


 金属の残骸が床に転がる音が、やけに響いた。

 あまりに、静かだった。


 


 ヴァルトは剣を戻さず、そのままの姿勢で立ち尽くす。

 右手に残る“斬った感触”は、記憶にあるものよりも軽い。


 


「……劣化してるな。素材も、制御も」


 


 それは安堵でも誇りでもなかった。

 ただの確認。自分の力と、今の世界との“差”を知っただけの反応だった。


 


 第一戒印、影刃シェイドカット

 空間に残る影を媒介にして行う、実体を持たない斬撃。

 二千年前――初期の実戦で最も多用された技。


 


 黒剣は、まだ使える。

 そして、機械は――もう、あの頃ほどの“脅威”ではない。


 


 ヴァルトは黒剣をひと振りし、残った熱を払う。


 赤い残光が、壁に一瞬だけ映る。


 


「……なら、なぜ世界はこうなった」


 


 誰に向けた言葉でもない。

 だが、返事はなかった。


 


 剣も、部屋も、そして空気さえも、何も語らない。


 


 彼は黒剣を背に回し、崩れかけた鉄階段を登り始めた。

 階段の先にある、地上への通路。かつて都市へと続いていた通用口。

 塞がれた扉の隙間から、わずかな外光が差し込んでいる。


 


 ヴァルトは足元の瓦礫を踏みしめ、扉を押した。


 


 ――音を立てて、世界が開いた。


 


 


 光、と呼ぶにはあまりに鈍い灰。

 空はどこまでも曇っていて、雲は重く、空気は乾いている。

 冷たくない。暑くもない。ただ、死んでいる。


 


 建物は朽ち、崩れ、骨だけが残っていた。

 鉄骨が軋み、剥き出しの配管が風に揺れる。


 瓦礫。焦げ跡。色褪せた看板。

 かつてここが都市だったことを、かろうじて形が語っている。


 


 だが、人の痕跡はなかった。


 


 ヴァルトはゆっくりと歩き出す。

 足元で砕けたガラスが乾いた音を立てた。


 


 黒剣は、静かに背にある。

 だがその脈動は、確かに“生きている”と告げていた。


 


「……あれから、どれだけの時が過ぎた?」


 


 二千年。それは確かに刻まれていた時間のはずだ。

 けれど、この世界を見ていると、時間が止まったままだったようにも思える。


 


 止まったのは、自分だけではなかったのかもしれない。


 


 風が吹いた。

 乾いた空気が、視界を霞ませる。


 


 そのとき、背後から音がした。


 


 ヴァルトは立ち止まる。

 耳を澄ませ――見上げた。


 


 高層ビルの上を、飛行型の機械生命体オートマタが滑っていく。

 警戒音は鳴らない。ただ、赤い目がこちらを正確に捉えている。


 


 索敵機。情報を収集し、どこかへ送る役目を持つ。


 


 ヴァルトは剣に手をかけなかった。

 必要はない。あれはすぐに攻撃してはこない。

 だが――すぐに、誰かが来る。


 


 足音を止めず、ヴァルトは歩き続けた。


 


 黒剣は、黙して語らない。

 だが、確かに脈打っている。


 


「……お前が、すべてを記録してたわけじゃない。知ってる」


 


 彼はそう呟いた。

 二千年の間、黒剣は断片的に――ときに死を、ときに希望を、世界の変動を――静かに記録していた。


 


「だけど、今ならわかる気がする。

 この世界を選び直すには、“何が残っていたのか”だけじゃ足りない」


 


 剣がわずかに震える。


 


「……だから、俺が“これから”を記録する」


 


 その一歩が、ただの前進ではなく、

 何かを選び取る意志のように思えた。


 


 そして、その姿を――


 


 誰かが、見ていた。

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