記録の空白、感情の残響
沈黙が訪れた記録庫の最奥で、ヴァルトとフィーネはしばらく言葉を交わせなかった。
先程の戦闘は、ただ機械を斬っただけではない。
――“記録”に触れたのだ。
剣と共に。想いと共に。
「……俺は、見た」
ヴァルトが口を開いた。
「壊れる直前の記録だった。あいつは、ここを守ろうとしていたんだ。
人間に造られた兵器のくせに……最後まで、命令を守ろうとしてた。
それが、“記録”に刻まれてた」
黒剣を握る手に、まだ微かな熱が残っていた。
第三戒印、記憶連結は、ただ情報を引き出す能力ではない。
それは、“誰かの生きた証”を読み解く戒印だった。
一方、フィーネもまた俯いたまま、ぽつりと呟く。
「……私も、視えたの。
記録を残した“誰か”の、言葉にならない想い。
……誰にも届かなくてもいい、ただ……忘れないでって」
ヴァルトは、剣を鞘に収めると、そっとフィーネの隣に腰を下ろした。
金属の床が微かに軋む。
「なあ、フィーネ。お前はどうして……“それ”を感じ取れるんだ?」
「……わからない。でも……ずっと前から、こうだった気がする」
「生まれつきってことか?」
フィーネは小さく首を横に振る。
答えを持っていない――それが彼女の答えだった。
だがヴァルトは、それ以上は追及しなかった。
フィーネの内に、何か“人ではないもの”があることに、彼自身が少しずつ気づきはじめていた。
だが今は、それを言葉にするべき時ではない。
彼女が、自ら“気づく”その時まで。
記録庫の端に、わずかに開いた扉があった。
閉ざされた通路の奥――記録は、まだ続いている。
「……行こう。たぶん、まだ“空白”の先がある」
「うん。……記録されなかった記録。ね」
二人は立ち上がる。
ヴァルトの剣が微かに揺れ、第三戒印の痕が静かに燻っていた。
そして彼の胸の奥にも、確かに“誰かの記憶”が焼きついていた。
あの機械生命体が、何を守ろうとして壊れたか。
記録とは、ただの情報ではない。
誰かが、そこに残した“生”の残響なのだ。
そしてその響きは――確かに、フィーネにも届いていた。




