記憶は、戦いの中に在った
その機械生命体は、明らかに異常だった。
関節の数も配置も、人型の構造とは異なりすぎている。
バランスを欠いた足取りで、しかし異様な俊敏さをもって床を滑るように迫ってくる。
「っ――!」
ヴァルトは影を操り、斬撃を走らせる。
第一戒印、影刃が足元から影を這わせ、敵の脚部を断ち切る。
だが――倒れない。
脚の代わりに、腕を床につきながら旋回する。
関節が逆方向に回転し、歪な動作で加速する。
まるで、壊れることに怯えていないかのような動きだった。
「……こいつ、何なんだ……?」
“戦闘プログラム”だけが焼きついたような、無感情な突進。
ヴァルトの剣筋を無視するように襲いかかるその様子は、まるで……かつての、兵器。
一方、フィーネは後方で、瓦礫に埋もれたメモリ端末へ手を伸ばしていた。
装置は古く、反応は鈍い。けれど確かに、まだ“何か”が眠っている。
――記録。
触れた瞬間、フィーネの胸に流れ込むものがあった。
助けを求める声。
扉の向こうから伸ばされた、小さな手。
祈り。絶望。忘却されることへの恐怖。
「っ……!」
言葉にならない感情が、脳を貫いた。
それは、記録というにはあまりに“生々しい”。
想い――誰かの、強すぎた“想い”だ。
その瞬間、黒剣の柄がかすかに震えた。
ヴァルトの視界に、奇妙な揺らぎが走る。
目の前の敵――オートマタの姿が、一瞬、別の何かに“重なった”。
過去の残像。
――命令を受け、守るべき施設を守ろうとした機械の記録。
――仲間を庇い、破壊された断末魔。
――最期に見た、誰かの笑顔。
「……これが、記録……いや――“戒印”か」
手が、剣を握りしめる。
その刹那、黒剣に蒼い光が灯った。
「十封の戒印――第三戒印、記憶連結。開封」
影が広がり、剣に触れた記録が明確に“視える”。
機械生命体の動き――その起動サイクル、攻撃パターン、回避の癖。
すべてを“かつての記録”から読み取り、剣筋を重ねる。
疾風のような踏み込み。
影と共に放たれた一閃が、敵の胴を断ち割った。
機械は崩れ、痙攣のように火花を散らして沈黙した。
「――終わった、のか……?」
ヴァルトが息を整える横で、フィーネは震える手で、まだメモリ装置に触れていた。
その瞳には、涙が浮かんでいる。
「……あの人たちは、忘れられるのが……怖かったんだね」
想いは、まだ残っている。
この奥に、“誰かの叫び”が眠っている。
そして、戒印は――それを知っていたかのように、目覚めた。




