記録にない“現在”
黒剣が、重く沈黙していた。
第三戒印――記憶連結の余波が、まだ空気に残っている。
フィーネはわずかに息を呑む。
胸の内に残る、誰かの“想い”。
それはもう消えかけていたのに、まだどこかに熱を帯びていた。
そんな空気を切り裂く音――。
金属の軋み。電磁の唸り。
廃墟の奥、瓦礫を押しのけるように姿を現したのは――異形の影。
四肢を這うように設計された細身の骨格。
無機質な光を灯した三つ目のセンサーが、ヴァルトたちを正確に捉える。
「……監視型。小型だけど……数がいる」
フィーネの声に、ヴァルトは黒剣を引き抜いた。
刃からは、記録の気配が消えていた。
第三戒印の連結は、もう閉じられた――今はただの剣として。
だが、それで十分だった。
「――来い。記録に残す価値のある戦いになるならな」
機械生命体が走る。
瓦礫を蹴り、壁を駆け、跳躍して迫る。
ヴァルトの身体が、自然と前に出ていた。
黒剣が閃く。風を裂き、影のように走る斬撃。
刃は空を斬り、金属の脚部を断つ。
一体、二体。音もなく崩れ落ちる。
だが、残りは群れのように動く。
連携、分散、包囲――合理的な戦術パターン。
生き物ではない。だが、生き残るための最適行動を、彼らは選ぶ。
フィーネが叫ぶ。
「左、三体! 囲まれる!」
ヴァルトは即座に跳ぶ。
瓦礫を蹴り、跳ね、着地と同時に振るわれた剣が――軌道を歪める。
影の刃――影刃。
光に背を預け、影に斬撃を走らせる初期の戒印。
空間の裏を裂くように、その一撃は背後の一体を貫いた。
即座に回転、剣を払い、正面の敵を薙ぐ。
息を吐く。だが、数はなお多い。
フィーネが懐から記録端末を握りしめる。
逃げるか? それとも――
ヴァルトは構え直した。
その目に、先ほどの“記憶”が焼きついていた。
誰かの声。誰かの希望。
誰も守れなかった過去が、今、この刃に刻まれている。
だから――
「記録しておけ。この命は、“今を守るためにある”」
足元から加速。
黒剣が再び振るわれる。
金属の軋む音が、廃墟の空気に溶けていく。
それは、記録に残るべき戦いだった。