記録の剣が、語りはじめる
観測施設を離れ、朽ちた都市の外縁を歩く。
道なき道、風にさらされた瓦礫の隙間を縫って、ふたりは進んでいた。
「さっきの……“感情波”って言葉。気になってるのか?」
ヴァルトの問いに、フィーネは小さく頷く。
「うん。たぶん、あれは……記録の中にあった誰かの“想い”。
私、それを感じたのに……名前も、顔も、何も浮かばなかった」
それでも、心の奥に残っている。
空虚ではない。確かに“触れた”という実感があった。
ヴァルトは立ち止まり、背の黒剣に手を添える。
「……また一つ、解かれるか」
剣が微かに震えた。
そして次の瞬間、何かが意識の底に流れ込んでくる。
言葉でも、映像でもない。――それは記録。
誰かが残し、剣が封じていた過去の断片。
焦土と化した都市。
赤く染まる空。
無数の影が、空から降り注ぐ。
誰かが剣を抜き、誰かが叫び、誰かが倒れた。
それは、ただそこにあった出来事。誰にも知られず、ただ記されたもの。
焼けた空気。
息苦しさ。
震える声と、温もりを求めて差し伸べられた手。
誰かが誰かを守ろうとしていた。
涙が流れ、祈りが残った。
それは、確かに“生きていた”感情。
「……“記憶連結”。――これが、第三の戒印か」
ヴァルトが呟いた。
剣の奥で、何かが確かに共鳴していた。
フィーネの胸が、きゅっと縮む。
「……不思議。私、泣いてるのかもって、今ふと思った」
目に涙はない。けれど、胸が震えていた。
ヴァルトはゆっくりと視線を上げる。
「記録しただけじゃ、わからないものがある。
けれど……誰かの記録を、誰かが想いとして受け取れたなら――それは、生きているのと同じだ」
その言葉に、フィーネは黙って頷いた。
黒剣の中に、新たな“記憶”が刻まれた。
それは、ただの歴史ではない。
誰かの命と、想いと、希望の欠片だった。
そのとき、風が揺れる。
廃墟の先で、鉄が軋む音――異質な気配。
ヴァルトが剣に手をかける。
「気を抜くな。……記録の価値に気づいたのは、俺たちだけじゃない」
足音のない音。
空気を裂く電子ノイズ。
機械生命体が、また静かに狩りの目を光らせていた。




