出会いの記憶 (1)
当然のことだが、こんなふうにパトリスやマリウスを家の食事に招待するのは、初めてだ。講師と生徒という関係を築いていたのは、マリウスだけ。その父であるパトリスとは、以前は何の接点もなかった。
食事が始まると、パトリスは息子に尋ねた。
「フェリシエンヌ嬢と最初に出会ったのは、いつだったんだ?」
「彼女が光魔法を発現した直後ですね」
父と子のやり取りに、フェリシエンヌの両親も興味深そうに耳を傾けている。それを聞きながら、彼女自身の脳裏にも当時の記憶がよみがえってきた────。
* * *
フェリシエンヌが光魔法を発現したのは今から三年ほど前、彼女が十五歳のときのこと。
ある朝、顔を洗おうと水道の蛇口に手を伸ばしたら、音もなく白い火花が散ったのだ。
「やだ。え、今のは何?」
「お嬢さま、大丈夫です。どうぞ落ち着いてくださいませ」
動転する彼女を、侍女のアメリーがなだめた。彼女より二歳年上のアメリーは、当時この屋敷に来てまだ半年ほどだったけれども、すでにフェリシエンヌ付きとして信頼を得ていた。少しも動じていないアメリーの声に、彼女はとても安心したものだ。
アメリーはどうしたわけか、誇らしげにフェリシエンヌに微笑みかけた。
「これは、大変におめでたいことですよ」
「そうなの?」
「はい。魔力があふれ出ると、こうなるのです。しかも白い光だなんて。さっそく旦那さまにご報告せねばなりませんね」
悪いことではないとわかり、フェリシエンヌは安堵した。しかし、蛇口に手を伸ばすたびに白い火花が散るのは、少々落ち着かない。だって、魔道具を壊してしまいそうではないか。
「これは、どうしたらいいの? 自分ではとめられないの」
「これくらいでしたら、何も問題はございません。気にせず、いつもどおりにお過ごしください」
「それでいいの?」
不安そうなフェリシエンヌに、アメリーは魔力について説明した。
魔力というものは、体の成長とともに増えていく。中でも特に、十代半ばの伸びが著しい。魔術師の素質があるかどうかは、この時期に判明するものだ。
人間は誰しも、多かれ少なかれ魔力を持っている。しかし魔法を発動できるほどの魔力を持つ者は、二十人にひとりか二人ほどと言われていた。決して多くはないが、極端に珍しいというほどでもない。
ほとんどの場合、フェリシエンヌのように魔道具の使用時に気づくことになる。魔力量が一定量を超えると、魔道具のスイッチに触れたときに異常が発生するためである。魔道具に内蔵する魔力と、使用者の魔力が干渉して、火花が散るのだ。静電気と少し似ている。ただし静電気とは違い、痛みはもたらさない。
火花が散るのは、無意識に放出される魔力が原因だ。魔力が魔道具に干渉して、誤作動を引き起こしたり、火花を生じさせたりする。無意識の魔力放出を防ぐためには、魔術師に師事して、魔力の制御方法を学ばなくてはならない。
学ばずに放置すると、そのまま魔力量が増えていったときに、いずれは魔道具の故障をまねくことになる。本人はもちろん、周囲にとっても困った話だ。
したがって魔術師の素質を持つ者は貧富を問わず、魔術を学ぶことが義務づけられていた。親が裕福であれば、名のある魔術師に師事させる。そうでなければ、最低限の制御を身につけるまで神殿預かりとなる。制御を身につけた後、魔術師の道に進むかどうかは本人の適性と希望次第だ。
説明を聞いて、フェリシエンヌは感心した。
「アメリーは詳しいのねえ」
「わたくしも通ってまいった道ですので」
「え。アメリー、魔法が使えるの?」
「はい。といっても、たいした魔法は使えません。魔術師になれるほどの魔力量ではございませんでした」
「でも、すごいわ」
フェリシエンヌは年上の侍女に、尊敬のまなざしを向けた。しかしアメリーは笑いながら受け流し、「ささ、遅くなる前にお支度なさいませ」とせき立てる。あまりのんびりおしゃべりしていると、朝食の時間に遅れてしまうからだ。
朝食の席で、父ジャン=クロードが娘に声をかけた。
「フェリ、光魔法を発現したと聞いたけど、本当かい?」
「まあ!」
フェリシエンヌが答える前に、母サビーヌが目を丸くして歓声を上げた。だが父のこの質問に、フェリシエンヌは答えることができなかった。彼女は自信なさげに首をかしげる。
「光魔法ですか? わかりません」
「おや。アメリーからそう聞いたんだが」
「魔力があふれ出てきた、とは言われました。静電気のように火花が散るのが、光魔法なのですか?」
「いや、どの魔法でも火花は散るよ。その火花は何色だったのかな?」
「白です」
「それだ。それが光魔法なんだよ」
父によれば、火花の色により魔法の属性がわかるのだという。火属性なら赤、水属性なら青、風属性は緑、地属性は黄。そして白は、光属性なのだそうだ。ちなみに複数の属性持ちだと、火花が散るたびにランダムに色が変わる。
ジャン=クロードが王宮に報告をした翌日、フェリシエンヌは父に添われて王宮の魔術師団を訪ねた。マリウスと初めて顔を合わせたのは、そのときのことだ。知り合った時期だけで言えば、エヴラールよりも先だった。
そのときのマリウスの第一印象は、「無口な人」。無愛想というわけではないが、口数の少ない人だと感じた。
もっとも互いのことを知るにつれ、その印象は変化していったのだが。今は「人見知りする人」だと思っている。少なくともフェリシエンヌの前では、全く無口ではない。それに職場にいるときだって、魔術師たちと普通に会話している。
無口な人というほかには、「大人の男性」という印象も持った。フェリシエンヌより六歳上のマリウスは、歳の近いエヴラールとはやはり雰囲気が違う。魔術師たちの取りまとめ役として働いているときの彼は、どこか近寄りがたく感じられた。
ただしその印象も、知り合うにつれて変わっていった。仕事をしていないとき、たとえば個人的にくだけた話をするときなど、彼の気安さはエヴラールと少しも変わらない。むしろ、ときどきエヴラールよりも少年めいた表情を見せることがあるほどだ。
フェリシエンヌが王宮魔術師団に紹介されてからは、週に二回、魔術師団に通って魔術の手ほどきを受けることになった。
もちろん家でも毎日、魔力制御の練習をする。そのときの練習では、アメリーに大いに助けられたものだ。アメリーは魔術師でこそないものの、魔力持ちであり、かつ歳が近い。そのせいか感覚的な事柄に関しては、魔術師の指導よりもわかりやすいことが多かったのだ。
コツコツと真面目に練習に取り組んだ甲斐あって、ひと月ほどでフェリシエンヌは基礎的な魔力制御を身につけた。もう魔道具に手を近づけても、火花を散らすことはない。こうなって初めて、彼女は王族に目通りすることになったのだった。