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二度目の余命300日  作者: 海野宵人


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初めての顔合わせ (2)

 フェリシエンヌとマリウスは、しばらく庭を散策した後、応接室に戻った。二人が部屋に入ると、フォンテーヌ公爵パトリスが朗らかに手を挙げる。


「やあ、おかえり。楽しめたかい?」

「はい。ずいぶんいろいろな野鳥が見られましたよ」

「へえ。それはいいね」

「小鳥たちのために、寒い時期にも実をつける木を植えているそうです」

「なるほどなあ」


 息子の話に相づちを打つ公爵を前に、ジャン=クロードは娘に声をかけた。


「フェリ」

「はい」

「パトリス卿から、結婚前の行儀見習いに来てはどうかと、お話をいただいたんだ。フェリはどうしたい?」

「ありがたくお受けします」


 こんな申し出を受けて、乗らない手はない。マリウスのために時間を使うためには、同じ家で暮らせるなど、願ってもない話だ。フェリシエンヌははにかみつつも、笑顔で了承した。これに間髪を入れず「そうか!」と返したのは、ジャン=クロードではなくパトリスだ。


「それでは、さっそく明日からどうだろうか」

「え」


 驚いて目をむいたのは、フェリシエンヌだけではなかった。彼女の隣で、父も母も唖然としている。


 パトリスの隣で、マリウスは呆れ顔で「父上」とため息をついた。


「いくらなんでも明日だなんて、性急すぎるでしょう。フェリだって困ってしまいますよ」

「む。そうか?」

「そうです」


 そして彼は、フェリシエンヌに向き直って尋ねた。


「フェリ、明後日でどうかな?」


 彼女は返す言葉に詰まってしまった。明日も明後日も、たいして変わらない気がする。そうっと父の顔をうかがい見れば、ジャン=クロードも彼女と同じような表情を浮かべて、困ったように彼女のほうを見ていた。


 その次の瞬間、「ふっ」と吹き出す声がした。それはサビーヌだった。サビーヌは楽しそうに笑いながら、娘に向かって目を細めた。


「フェリ。こんなに望まれて、あなたは幸せ者ねえ」

「ええ、お母さま」

「よかったわ。本当によかったこと」


 サビーヌはそう言いながらも「それにしても明日はダメで、明後日って……」と、なおも笑い転げる。つられてフェリシエンヌも「ふふ」と笑ってしまった。気づいたら、ジャン=クロードとパトリスも一緒に笑っていた。


 サビーヌはフェリシエンヌに問うように首をかしげる。


「フェリ、あなたはどうしたいの? 別に明日だってかまわないのよ」

「ええっと……」


 フェリシエンヌは困惑した。せっかくだから、早く行きたい気持ちはある。しかし手荷物をまとめるにしても、それなりに準備に時間がかかりそうだ。必要なものを持ち忘れて先方に迷惑をかけるのは避けたい。


 フェリシエンヌが思い悩んでいると、サビーヌが助け船を出した。


「難しく考える必要はないの。いずれにしても、その日に入り用なものだけ持って出ることになるわ。荷物は追って送らせますからね」

「ありがとう、お母さま」

「もしも足りないものがあったなら、遣いをお出しなさい。馬車で十五分とかからない距離なのですもの、簡単に届けられてよ」

「でしたらせっかくのお招きなので、明日伺いたく思います」


 サビーヌはにこやかに「わかったわ」とうなずく。そして夫の腕を叩き、目顔でうながした。ジャン=クロードは妻に微笑みを返す。それからパトリスに向かって、深々と頭を下げた。


「このように申しておりますので、よろしくお願いいたします」

「ありがとう。こちらこそ、どうぞよろしく」


 パトリスは部屋の隅に控えていた従僕を手招きした。彼が従僕に小声で何やら伝えると、従僕は一礼した後、足早に部屋を出ていく。パトリスの「伝言を頼みたい」という言葉が聞こえたので、別室にいる従者への言づてと思われる。おそらくフェリシエンヌを迎えるための準備を始めておくように、との指示だろう。


 行儀見習いの話が一段落したところで、再びパトリスが朗らかにぶっちゃけた。


「それにしても、こういう言い方はあれだが、エヴラールの婚約解消には感謝しないとなあ」

「ちょっと父上……。失礼ですよ」


 マリウスが眉をひそめて小声で父をいさめるも、パトリスは一向に頓着した様子がない。


「いやあ、だって。お前、こんな千載一遇のチャンスが巡ってこなければ、いつまでも未練がましく指をくわえて見てただろうが」

「指なんかくわえてませんよ」


 憮然と答えるマリウスがおかしくて、フェリシエンヌはくすくすと笑った。パトリスはいかにも元軍人らしいよく響く声で、声量を落とすことなく息子をからかう。


「どんなにいい縁談が来ても、見合いには見向きもしなかったじゃないか」

「一般的に『いい縁談』だからといって、誰にとってもいい縁談とは限りませんからね」

「お前にとってはよくなかったってことか」

「そういうことです」


 パトリスは大げさに呆れ顔を作り、フェリシエンヌ親子へ振り向いて「これですからね」と肩をすくめた。


 ジャン=クロードとサビーヌは親子のやり取りに関わることをそつなく避けて、にっこりと会釈を返した。


「何にしても、ありがたいお話です」

「本当に。ありがとうございます」


 こうしてなごやかに歓談の時間が過ぎていく。


 ずいぶんのんびりしていると思ったら、いつの間にかパトリスとマリウスはデュシュエ伯爵邸で昼食を共にすることになっていた。どうやらフェリシエンヌがマリウスと庭を散策している間に、両親が招待していたらしい。


 こういうところに気づくたび、まだまだ両親から学ばなくてはならないことはたくさんあるとフェリシエンヌは思う。


 きっと料理長には、あらかじめ予定を話してあっただろう。パトリスを招待するタイミングだって、測っていたに違いない。その上で招待に対する返答は、客人の目につかないようさりげなく厨房に伝えていたはずだ。


 フェリシエンヌだって、このような場面でやるべきことはおおよそ把握している。ただ自分が母の立場に立ったとき、同じようにさりげなく気配りできるかと言えば、難しいと言わざるを得ない。


 サビーヌに憧憬の目を向ける彼女を、マリウスは微笑ましげに見守っていた。

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