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初めての顔合わせ (1)

 エヴラールと婚約解消をした翌日、マリウスは本当にデュシュエ伯爵邸を訪れた。父であるフォンテーヌ公爵パトリスとともに。


 パトリスは長身でがっしりとしていて、いかにも軍人らしい体つきをしている。実際に若い頃は、軍で活躍していたと聞く。それも王子という身分にありながら、一兵卒から始めたと言う。


 そのため軍部からの支持が厚く、国民人気も高い。マリウスが王宮魔術師となったのは、父の影響があったのかもしれない。少なくとも長身で筋肉質な体格は、間違いなく父譲りである。


 パトリスは苦笑しながら非礼を詫びた。


「突然押しかけて、すまないね」

「とんでもない。お待ちしておりましたよ」

「そう言ってもらえると助かる」


 デュシュエ伯爵ジャン=クロードはすました顔で応えるが、実を言えば、伯爵邸では前日のうちから、公爵を迎える準備でおおわらわだった。何しろ昨日の今日である。それも婚約を申し込みに来ると言うのだから。


 この顔合わせは、フェリシエンヌにとって初めてだ。「前回」は最後まで求婚を断っていたので、当然ではある。


 応接室に案内されるが早いか、パトリスは単刀直入に切り出した。


「今日は婚約の申し入れに来ました」

「ありがたいお話です」


 ジャン=クロードが神妙にうなずくと、パトリスは「息子に早く早くとせっつかれましてね」と正直なところをぶっちゃけた。ぶっちゃけられても、マリウスは父の隣で何ごともなかったかのように平然としている。


「そんなわけで、本当に急な話で申し訳ない」

「いえ。昨日のうちにマリウス卿と娘から、簡単に聞いてはおりましたから」


 公爵の謝罪に、ジャン=クロードは愛想よく返した。どちらも簡単すぎる報告だったはずだが、そつなくその点には触れなかった。


 パトリスは小さくうなずいてから、先を続けた。


「マリウスからは、お嬢さんの承諾は得ていると聞いています。後はご両親の承諾を得るだけだ、と。ご両親は、いかがだろうか」

「もちろん、ありがたくお受けします」

「そうか、それはよかった!」


 デュシュエ伯爵からの快諾に、パトリスは破顔した。そして「よかったな!」と息子の背中を勢いよく叩く。バシバシと音がして、痛そうだ。


 あっさりと本題が片付いたところで、ジャン=クロードはマリウスに向かって尋ねた。


「ところで、マリウス卿」

「なんでしょう?」

「うちの娘のどこが気に入っていただけたのですか?」

「悪口を言わないところです」


 マリウスは即答だった。この答えに、ジャン=クロードは「そんなことで?」と意外そうだ。だがマリウスは、真顔で深くうなずく。


「彼女からは、一度も誰かの悪口を聞いたことがありません。ただの一度もです」

「あら」


 ここで母サビーヌがにこやかに、冗談めかした声で口を挟んだ。


「それはマリウス卿が何ごとも善意に解釈してくださるからではなくて? わたくしのことなんて、いったい何を言っていることやら」

「ああ。夫人の話は、よく聞きますよ」

「やっぱり」


 サビーヌは笑顔のまま、チラリとおどけた視線をフェリシエンヌに投げてみせる。だがマリウスは彼女の身振りには反応を示さず、真摯な声で説明を続けた。


「夫人の色彩センスは本当にすばらしい、とよく言っています。色合わせに迷ったら、夫人に助言を仰げばいつだって間違いがないそうですね。『あれは天賦の才だから、もっと母に似ていたらよかったのに』としょんぼりするところもかわいいです」


 思いもかけないことを暴露され、フェリシエンヌの頬にはサッと朱が差した。一方のサビーヌの顔からは社交用の笑みがはがれ落ち、ぽかんと驚いたように娘を見つめている。


「色彩センスに限らず、あらゆる美的センスが卓越していると聞いています。花を生けるときなど、どうすれば一番美しく仕上がるか最初からわかっているかのように、迷いがないのだ、と。この屋敷に伺って、彼女の言っていた意味がよくわかりました。この調和のとれた上品な美しさが、夫人のセンスなんですね」

「まあ……」


 サビーヌは視線を落とし、両手を喉もとのあたりに当てていた。そして何かをこらえるようにして、目を伏せたまましばたたく。それからゆっくりと顔を上げ、ぎこちなく笑みを浮かべた。


「お褒めいただき、ありがとうございます」

「いえ、ただ聞いたままをお伝えしただけですよ」


 サビーヌは面映ゆそうに視線をさまよわせてから、娘を振り向いた。


「フェリ、マリウスさまにお庭を案内して差し上げたらどうかしら」

「はい、お母さま」


 フェリシエンヌがマリウスに視線を向けると、マリウスはうなずきを返した。ソファーから立ち上がったのは、ほぼ二人同時だ。その様子に、パトリスは息子をからかうように片眉を上げてみせた。


 マリウスはチラリと父の顔を見やっただけで、涼しい顔をしている。何ごともなかったかのように、フェリシエンヌの手を取った。


「行こうか」

「行ってまいります」


 フェリシエンヌは両親と公爵に会釈をして、マリウスとともに部屋を出た。


 外はまだ肌寒い。だが部屋の隅に控えていた侍女アメリーは、準備がよかった。この事態を予測していたようにストールを手にしていて、フェリシエンヌが部屋を出るときに肩にかけた。


 庭園に出るポーチへマリウスを案内しながら、彼女は彼にあらかじめ詫びておく。


「季節柄、あまりお花の種類は多くありませんけれど」

「まだ春と言うには、ちょっと早いものね」


 王宮の規模には及ばないものの、伯爵邸の庭にもスイセンは植えられていた。ミモザとスイセンの黄色の中に、クロッカスやスミレが紫色のアクセントを添えている。もうしばらくしたら、ヒヤシンスが花開きそうだ。


 庭園の花壇沿いに、しばらく二人で静かに散策する。やがてマリウスが口を開いた。


「フェリ」

「はい」


 フェリシエンヌが返事をすると、マリウスは足をとめて彼女の顔をじっと見つめた。


「ご両親には今ごろ父から話しているはずだけど、王宮魔術師は辞することにした」

「え」


 フェリシエンヌは驚きに目を丸くする。「前回」のマリウスは最後までずっと王宮魔術師を務めていたのに。いったいどうしたことだろう。


「そろそろ本気で領地経営の勉強を始めてもいい頃合いだからね」

「魔術はもうよろしいのですか?」


 フェリシエンヌが首をかしげると、マリウスは「うん」と微笑んだ。それからすいっと視線をそらし、照れ隠しのように首の後ろに手をやる。


「正直に言っちゃうと、王宮の仕事に時間を取られたくないんだ。せっかくフェリと婚約できたのに」


 正直すぎる本音に、フェリシエンヌは「まあ」と吹き出した。


「フェリが王宮で受けていた魔術講習も、もう行かなくていい。今後は、必要なら僕が教えるよ」

「あらあら。なんて贅沢な専属講師なのかしら」


 フェリシエンヌが笑うと、マリウスも「うれしいことを言ってくれるね」と笑う。


「実のところ、もうフェリに講習は必要ないんだよね。コレット嬢に付き合って基礎からやり直してたけど、これ以上は時間の無駄だ」


 それはフェリシエンヌも察していたことだった。あえて異論を唱えたりしなかっただけ。


 だって魔法に触れるのが初めてのコレットに、基礎から学ぶ必要があるのは当然だ。それに付き合えばフェリシエンヌにとっては基礎からの復習になるが、だからといって「前回」は特段の不満もなかったのだ。


 でも確かに、必要かと問われれば、必要ではない。わざわざコレットに付き合うことには、意味がないだろう。要するに、時間の無駄なのだ。それに今後は、学びたければいつでもマリウスから学べる。王宮に行ったって、彼以上の講師なんて望めない。

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