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二度目の婚約解消

 王宮へ呼び出されているのは、フェリシエンヌだけではない。両親も一緒である。


 そのことに前回は不安と緊張を感じたものだが、二度目となれば肩から力も抜けようというものだ。これから何が待ち受けているのか、わかっているのだから。


 両親とともに王宮に足を踏み入れると、侍従に案内されて「青の間」に通された。記憶どおりだ。父ジャン=クロードを中央にして長ソファーに座り、静かに待つことしばし。国王夫妻とエヴラール王子が現れた。


 エヴラール王子は国王夫妻の第一子であり、王太子にしてフェリシエンヌの婚約者だ。────今この瞬間は、まだ。


 エヴラールはフェリシエンヌよりひとつ年上で、まるで絵本から抜け出てきたかのように、いかにも王子さまらしい容貌をしていた。サラサラとした金髪に、青い瞳。いつでも姿勢よく、上品で礼儀正しい少年だった。十五歳で婚約したときにも、彼女はすぐに好感を抱いたものだ。


 フェリシエンヌたちはソファーから立ち上がって王族を迎え、最上級のお辞儀をする。


「よいよい。楽にしてくれ」


 国王の言葉に頭を上げ、王族の着席を待ってから、フェリシエンヌ親子も席に着いた。


 フェリシエンヌは、隣に座る父の顔をチラリと盗み見た。デュシュエ伯爵の表情は、真剣そのものだ。国王の言葉を一言一句聞き逃すまいとするかのように。


 国王はひとつ咳払いをしてから、口を開く。


「今日わざわざ出向いてもらったのは、ほかでもないエヴラールとフェリシエンヌ嬢の婚約について話すためだ」

「はい」


 デュシュエ伯爵は、神妙にうなずいた。このあと国王が何を申し渡すのか、フェリシエンヌは知っている。だがもちろん、そんなことはおくびにも出したりしないが。ただ静かに父の隣で国王の言葉に耳を傾けていた。


「非常に残念だが、今日このときをもって、二人の婚約を解消とする」


 父の反対隣で、母が息をのむ気配がした。フェリシエンヌが彼女の「自慢の娘」ではなくなった瞬間だ。


 父は表情を失って一瞬押し黙ってから、「婚約の解消、確かに承りました」と頭を下げた。フェリシエンヌも父にならって、静かに頭を下げる。父に合わせて頭を上げると、どうしたわけかエヴラールがいぶかしげに彼女を見つめていた。


 彼女が問うように小さく首をかしげてみせれば、エヴラールは軽く眉根を寄せて質問を発した。


「理由を尋ねないのか」

「わたくしが至らなかったからでございましょう。ご期待に沿えず、大変申し訳ございませんでした」

「そんなことは言っていない!」


 なぜかエヴラールは傷ついたような表情で叫んだ。フェリシエンヌが驚きに目を見張ると、王子は「大きな声を出してすまなかった」と肩を落とす。彼女はただ静かに「いいえ」と首を横に振った。


 今回、彼女が冷静でいられたのは、あらかじめ何を言われるか知っていたからである。「前回」、初めて婚約解消を申し渡されたときには、動転のあまり不躾にも王族相手に「どうしてですか」と食い下がってしまったものだ。思えばまったく愚かなことだった。


 今の彼女は、なぜ婚約が解消されたのか、理由まで知っている。新たに光魔法を発現した者がいたからだ。その一方で、彼女の光魔法が弱まったからなのだ。


 新たな光魔法の使い手は、グランジュ男爵家の次女コレット。


 コレットが光魔法に目覚めたのは、三か月ほど前のこと。しかし実は、その前から彼女とフェリシエンヌは面識があった。コレットが社交界へお披露目した日に、たまたま知り合ったのだ。その後コレットが光魔法を発現し、王宮魔術師から一緒に指導を受けるようになったのだった。


 一緒に指導を受けるようになってからというもの、コレットはどんどん魔法の力が上がっていった。それと反比例するように、どうしたことかフェリシエンヌの魔法の力は徐々に弱まった。


 力の強さが逆転したのは、ひと月ほども前のことだ。それから今まで、王家は様子見していたのだろう。逆転が一時的なものなのかどうかを。そして一時的なものではないと判断したからこそ、婚約を解消することにしたのだ。


 だが国王は、光魔法について言及することはなかった。解消の理由については、こう説明した。


「諸事情により、現時点ではいったん解消するのが最善と判断したのだ」


 ずるい言い方だ。今の彼女は、冷静な目でそう判断できる。


 なのに初めてこの言葉を聞いたときのフェリシエンヌは、額面どおりに受け取ってしまった。『今は何らかの事情により一時的に解消するだけであり、いずれまた結び直す可能性が十分にある』と思ってしまったのだ。そんな可能性は、万にひとつもなかったというのに。


 どうして王家がそれほど光魔法を重要視しているのか、彼女は知らない。だって光魔法なんて、ただ光をともすことができるだけだ。希少性は確かに高い。百年にひとり、いるかいないかだと言われている。


 だが、それだけなのだ。たいした実用性はない。意識を集中しなくても灯りをともし続けることのできるロウソクやランプのほうが、よほど使える。


 けれども伝統的に、光魔法の保持者は王家の者と婚姻を結ぶ。女児は王子と、男児ならば王女と。大半が女性だが、稀に男性に光魔法が発現することも過去にはあった。


 そしてその際、身分は不問とされる。たとえ下位貴族であろうが、平民だろうが、関係ない。もちろん身の安全のため、王家の者と婚約を結んだ時点で、上位貴族の庇護を受けることにはなるが。


 だからフェリシエンヌは三年前、十五歳で光魔法を発現したときから、エヴラール王子の婚約者に据えられていた。なのに光魔法の保持者が、もうひとり現れたのだ。歴史的に見て、今回のような事態は初めてである。同時代の、しかも同世代に、光魔法の保持者が二人も現れたことは、いまだかつて一度もない。


 もしも王子がもうひとりいたなら、王家も頭を悩ませる必要はなかった。新たな光魔法保持者たるコレットと、もうひとりの王子を縁づかせればよい。


 ところがあいにく、王子はひとり。


 それで王家は、様子見していたのだろう。どちらと婚姻を結ぶべきか。そしてコレットを選んだのだ。そうしておきながらも、はっきりそうとは明言しない。


(そういうところが、ずるいのよね)


 今ならフェリシエンヌもそう判断できる。もちろんそんな思いは、口にも表情にも出したりしないが。解消を申し渡されたとき、本当に悲しかった。つらかった。以前の彼女なら、そんな思いが顔に出てしまったかもしれない。


 でも今の彼女は、少しも表情を変えることはない。「ずるいなあ」とは感じるものの、それ以上の感想が特にないから。ずるくとも、そういう言い方をせざるを得ない立場であろうことを十分に理解できている。


 それにエヴラールとの婚約は、彼女にとってすでに終わってしまった話だ。いつまでも過去のことを考えているような暇などない。時間は有限なのだから。

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