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二度目の余命300日  作者: 海野宵人


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デュシュエ家のお客さま (1)

 顔合わせが終わった日の午後、フェリシエンヌは荷造りを始めた。


 と言っても、彼女には何を持参したらよいのか、さっぱりわからない。有能な侍女アメリーにほとんどおまかせだ。一応、彼女の誘導に従って着替え一式だけ選んである。


(着替えのほかには、何を持ったらよいのかしら)


 自室で彼女が思案していると、廊下をパタパタと駆けてくる軽い足音がした。そしてドアの陰から、ひょっこりと小さな人影が顔を出す。


「ねえさま!」

「あら、ジェレミー。どうしたの?」


 歳の離れた弟、ジェレミーだった。ジェレミーは先日、六歳になったばかり。彼女より十二歳下である。まだ幼いので、前日の顔合わせの場には呼ばれなかった。食事も普段から、大人とは席を分けている。彼は子ども部屋で、乳母と一緒にとっていた。


 どうやら姉が何か忙しそうにしているのをかぎつけて、様子を見に来たらしい。


「ねえさま、お出かけ?」

「そうよ。明日から行儀見習いに行くの」

「もうお嫁に行っちゃうの?」


 しょんぼりと尋ねる小さな弟に、フェリシエンヌは「まだよ」と笑った。


「今はまだ婚約しただけなの。結婚は、まだまだ先のお話よ」

「でも、いなくなっちゃうんでしょ?」

「いなくなると言っても、馬車で十五分ほどの場所よ。フォンテーヌ公爵さまのお屋敷なの」

「なんだ、近いんだね」


 ジェレミーは安堵の笑みを浮かべた後、何かを思いついたように目を輝かせた。


「じゃあ、僕も遊びに行っていい?」

「わたくしは遊びに行くわけじゃなくってよ。行儀見習いですもの」

「でも僕は遊びに行きたい。ねえ、いいでしょ?」


 弟の無邪気なおねだりに、フェリシエンヌは笑いながらも困ってしまった。これは彼女が許可するかどうかの話ではない。


「わたくしには何とも言えないわ。それはお父さまにお聞きなさい」

「ダメって言われるに決まってる」


 とたんにジェレミーはムッと口先をとがらせた。そこはわかっているらしい。だからといって、姉に駄々をこねられても困るのだが。どう説得して諦めさせようか思案して、ふと彼女は「そうだわ」と思い出した。


「もうじき、うちにもお客さまをお迎えするはずよ」

「お客さま?」

「ええ。コレットさんっていう、お姉さまなの。楽しいかたよ」

「遊んでくれるかな?」

「コレットさんなら遊んでくださるかもしれないわね」


 きっと今回も、コレットはデュシュエ伯爵家で預かることになるだろう。ジェレミーは「前回」、コレットによく懐いていた。


 現金なことに、弟はたちまち機嫌がよくなった。


「いつ来る?」

「お父さまにお聞きなさい」

「わかった!」


 ジェレミーはご機嫌で廊下を駆けていく。その後ろ姿にフェリシエンヌは「家の中を走ってはいけませんよ」と声をかけたが、弟の耳には届かなかったようだ。彼女は苦笑して肩をすくめ、部屋の中に戻った。


 弟の機嫌はこれで解決────と彼女は思ったのだが。残念ながら、そうは問屋が卸さなかった。すぐにまた蒸し返されることになる。


 翌朝、約束の時間ぴったりにマリウスがフェリシエンヌを迎えに来た。


「フェリ、おはよう」

「おはようございます、マリウスさま」


 両親に見送られて家を出ようとしたところ、廊下の向こうから「ねえさま!」と呼ぶ幼い声が聞こえた。怪訝に思って振り返れば、ジェレミーが玄関へ向かって駆けている。乳母の姿はない。乳母が目を離した隙に、子ども部屋を脱走したようだ。


 ジェレミーは憤懣(ふんまん)やる方ないといった顔で、目尻をキッと怒らせている。フェリシエンヌの前に仁王立ちすると、彼女をにらみつけて叫んだ。


「ねえさまの嘘つき!」

「え?」


 いきなり責められても、フェリシエンヌには意味がわからない。


 幼い少年の突然の暴挙にあっけに取られ、大人たちの反応は鈍い。サビーヌは頬に手を当て、「ジェレミー!」と声にならない悲鳴を上げた。


 大人たちの困惑など歯牙にもかけず、ジェレミーはさらに重ねて姉をなじった。


「お客さまなんて来ないじゃないか!」

「ええ?」


 彼女は眉根を寄せた。何の話だか、すぐにはわからない。少し考えてからようやく、前日コレットの話をしたことを思い出した。せっかちな弟は、すぐにもコレットがデュシュエ家にやってくると思ってしまったらしい。


 言葉足らずだったことを反省しながら、彼女は弟にきちんと説明してやった。


「今日ではないけれども、もうじきコレットさんがいらっしゃるわよ」


 ところがこれに、父ジャン=クロードが首を横に振った。


「その話は断ったよ」

「え」


 父の言葉に、フェリシエンヌは目を丸くした。「前回」はデュシュエ家でコレットを預かったのに、どうしたことだろう。


「コレット嬢の希望で、うちに打診があったんだがね。うちより適任がいるだろうってことで、断ったんだよ」


 これは彼女にとって、初耳だった。「前回」デュシュエ家でコレットを預かったのは、コレット自身の希望だったらしい。「フェリシエンヌさまと一緒がいい」と希望したのだと言う。


 その希望をくんで、王家からジャン=クロードに打診があった。光魔法使い同士、切磋琢磨する環境になればよい、との打算もあったようだ。


 ところがフェリシエンヌはマリウスと婚約し、フォンテーヌ公爵家へ行儀見習いに行くことになった。つまり少なくとも当面、フェリシエンヌはデュシュエ伯爵邸にはいない。コレットを預かっても、彼女の希望には沿えないことになる。


 だったらデュシュエ家ではなく、当主やその夫人に魔法の心得のある家のほうが適任ではないか。────と、そのように説明して断ったのだそうだ。ジャン=クロードからは、王宮魔術師団の団長を務めるエベール侯爵を推薦しておいた。


 父の説明を聞いて、フェリシエンヌは「なるほど」と思った。しかしこれでは、確かに彼女は嘘つきになってしまう。困り果てた彼女に向かって、ジェレミーはうっすら得意顔で、きっぱりと宣言した。


「だから、僕もねえさまと一緒に遊びに行く」


 フェリシエンヌは頭を抱えたくなった。何が「だから」なのか、つながりが全然わからない。だいたい彼女は、遊びに行くわけではないのだ。

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