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「えぇーー? 団長が求婚してたのって、あの聖女だったんですかーー⁉︎」

「彼女の『噂』をご存知ないのですかっ⁉︎」


 東への遠征準備の為、一旦、中央の騎士団宿舎へと戻ったクレイエヴァーを騎士仲間達が囲み、口々に驚きの声を上げる。


「……そんなにラルカは有名なのか?」


 騎士クレイエヴァーと聖女ラルカリースが出会ったあの討伐作戦以来、ここ一年は遺跡(ダンジョン)に大きな動きはなく、騎士団は南や西に出向くことが多かった。

 

 この国の騎士団は、王族を護る近衛(このえ)兵団、中央教会を護る聖騎士団、そして近隣との国境を守る守護騎士団に分かれる。


 クレイエヴァーは守護騎士団長だ。

東・南・西の三方を護る。

魔物が最も多い北方だけは、辺境伯爵領の独自の騎士団が警邏(けいら)を担っている。


 少しでも時間ができれば東教会へと足を運んでいたクレイエヴァーだが、昇進するに従い、戦場での闘いよりも書類作業等の雑務が格段に増えていった。

そんな忙しい騎士団長の耳にくだらない噂話を差し込む程、騎士達も愚かではなかった。


「有名も有名! あんな聖女見たことも聞いたこともないですよ!」

「そうだろ、あんな美しい女性は見たことがない……」


 周囲はしーーんと静まり返る。


「だ、団長……それ……ほ、本気で言ってます?」

「や、止めとけ! それ以上言ったらマジで殺されるぞ! あの方仕込みの剣技が炸裂(さくれつ)しちまう‼︎」

(おぞ)ましい程の殺気を感じた騎士が仲間の口を慌てて制す。


「……」

ふと、考える仕草をした後、クレイエヴァーは団員を振り返る。


「ちなみにどんな噂があるんだ? ……怒らないから言ってみろ」

物凄い鬼の形相で言われても説得力は無いが、団員達はぽつりぽつりと声を上げた。




 このカルスタット王国は、魔法が『遠い古代に滅びてしまった不思議な力』として扱われる。

近世では、僅かなおまじない程度の法力、辺境の魔物、教会の聖なる祈り、呪いのアイテム、遺跡(ダンジョン)等が、その遺物として残された……と伝えられている。


 東方の遺跡(ダンジョン) は、周囲をブドウ畑に囲われた丘に位置する。

その為か、魔力を秘めたブドウが特産品として採れた。

それを醸造、加工し、地方名産品のブドウ酒として販売している。


 特に質の良い品は、教会で祈りを捧げられた聖杯と遜色(そんしょく)ない出来映えで、『聖杯』というラベルの貼られた酒瓶に入れられ出荷されていた。





 戦場で、その聖女は異様だった。


 『聖杯』の酒瓶を手に持ち、ポーションの樽を引き摺り、じゃらじゃらと魔石の入った袋を背負っていた黒衣の聖女。

ふらふらとした足取り、身体にはブドウ酒の香りを(まと)わせていた。


「仕事行くのに酒を飲むなんて、他の者から叱咤(しった)されないかい?」

「私、聖杯(ブドウ酒 : アルコール度数 12%)がないと仕事になりませんの……」

苦言を呈した騎士に、彼女は答えになっていない言葉を返した。

  

 治療用のポーションを勝手に飲んで気合いを入れたり、『聖杯』の酒瓶をラッパ飲みしながら戦場をうろうろと徘徊する様子も目撃されている。


 さながら……魔物のようだ、と。


 他にも酷い傷を負った者に対し、聖杯をドバドバとぶっかけて、動かせない口にポーションの小瓶を粗雑に突っ込むという、恐ろしい所業も報告されている。


 『ミス死霊(アンデッド)』、『黒衣の中毒者(アルカホリック)』、『戦場の狂聖女(マッドシスター)』……彼女の通り名を知らない者はいない……。





「……と思っていましたが、ご存知なかったのですね、クレイエヴァー団長」

騎士団員達の話を一通り聞いた後、ふぅーーっとクレイエヴァーは溜息を吐いた。


「……ラルカ」

そう愛しい聖女の名を呟き、彼はそっと窓から外を見遣った。



◇◇◇◇



 翌日、早速、東教会から目と鼻の先に騎士団の駐屯地を設営し始めた守護騎士団の元に、一人の男が足を運んだ。


 ざっ!


「おやおや、全く身を引くつもりが無さそうではありませんか……」

「フィアトル殿!」

苦々しそうに頬をひくつかせた神官が、騎士団長に声を掛けた。


「そんな(かしこ)まった言葉遣いは止めましょう、フィアトル殿! 我らの仲ではありませんか!」

「……どこをどうしたら、そういう流れになるんだ? 貴公の考えはまるでわからん!」

なぜだかクレイエヴァーに懐かれてしまったことを察した神官は、少しだけ粗野な言葉遣いになった。


「彼女の噂を騎士達から聞いた……」

その言葉で神官の目が狐のように細くなる。


「やはり、クレイエヴァー殿は知らなかったんですねーー! だから、あのラルカリースに婚約申し込みなどと……」

「私が知るのは、私を助け、目の前で微笑んでくれた愛しい彼女のことだけだ」

「……」

神官が言葉で揺さぶりをかけても、彼の心はまるでブレない。


「騎士達は面白おかしく噂話やら思い思いのことを話していた……だが、教会側の人間の口から『事実』は上がっても『陰口』は聞かれなかった……」

「……」

それが何を意味するか、騎士団長は気づき、喜びが込み上げたのだ。


「私の妻は、教会の仲間達に愛されているんだな……」

「いや、だから勝手に妻とか呼ぶなよーーっ!」

神官は思わず嘆きの声を上げたのだった。


「団長ーー!」

「フィアトル様ーー!」

その時、クレイエヴァーを呼ぶ騎士と神官を呼ぶ見習い聖女の声が同時に聞こえ、二人は正反対に声の方を振り向く。


 かちゃり……


 揺れる騎士団長の剣にちらりと視線を落としてから、神官は呟くように言葉を漏らした。


「そうそう……今日は聖堂に来てもラルカリースはいませんよ……裏の孤児院の方に行ってます」

「おぉ! ありがとうフィアトル殿!」

「……勘違いしないで下さいよ? 騎士殿達がバタバタと聖堂に来られたら、こっちの仕事に差し支えるんでね」

ぶっきらぼうにそれだけ言うと、神官は騎士を振り返りもせず、来た道を静かに戻って行った。

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