2
神官にずるずると引き摺られながら、彼女は溜息と共に不満を口からそっと漏らした。
「あぁ……外回りの次の日はお休みのはずなのに……こんな朝から……」
「……何か言ったか? そして、もうほぼ昼だぞ?」
じろりと冷ややかな視線を神官フィアトルから向けられ、黒衣の修道服に身を包んだ聖女は華奢な身体をさらに小さくした。
「いえ……何も……相変わらず、ガンガンと酷い頭痛がするだけですよ」
「ラルカリース……お前は余計なことは言わなくていい。ただ、この扉の向こうにいる、無礼でしつこい面会希望者を全力で拒絶すればいいだけだ」
「……」
毒舌神官の言葉に、彼女は小さく頷いた。
◇◇◇◇
コンコンッ!
「来たか、入れ!」
「「はっ!」」
ギィィィィッ……
司教の言葉を受け、聖堂の重い扉を開き、神官と聖女は揃って深々と一礼、赤い絨毯をゆっくりと進み、祭壇前に佇む司教と騎士の前で歩みを止めた。
目深に頭巾を被った小柄な聖女の顔は、背の高い騎士からはまるで見えない。
「聖女ラルカリースよ、フォールウィン卿にご挨拶を!」
「はっ」
司教に促され、聖女は騎士に向かいそっと頭を下げる。
「お待たせして申し訳ありません、フォールウィン卿。東教会の聖女ラルカリースと申します」
「ずっと……ずっと、お会いしたかったです、ラルカリース嬢! どうかお顔を上げてください!」
念願の再会に頬を染める騎士。
彼の言葉で、そっと聖女は顔を上げ……微笑む。
にたり……
「⁉︎」
彼女の顔を見て、騎士は大きな目をさらに見開いた!
「おやおや……」
「どうかなさいましたか?」
司教と神官は揃ってニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
予想通りの反応……といった所か。
潤いの無い灰色の髪、血の気の失せた青白い顔、ちんちくりんな背丈、ガリガリの手足。
真っ直ぐ立っているつもりなのだろうが、ふらふらと揺れている。
黒衣からは洗っても落としきれない染みついたブドウ酒の香りが漂う。
一目見た者の眉を顰めさせる、美しいとは形容し難い存在。
一般的に言われる『聖女』とは程遠い容姿……それが聖女ラルカリースなのだ。
しばしの沈黙の後、騎士が重たい口を開けた。
「ラ、ラルカリース嬢……」
「はい」
がしっ!
「あぁ……やっと貴方に会えました! 愛しいラルカリース!」
「⁉︎」
聖女の手を両手で握り、跪く騎士。
そのままそっと片手をとり、手の甲にキスをする。
ちゅっ!
「ラルカと呼んで良いですか? 私のことはクレイとお呼びください!」
「……はい?」
「結婚式はいつ頃にしましょうか?」
「はいぃっ?」
「子供は二人は欲しいですね……あ、貴方が望むなら何人でも……」
「はいぃぃぃぃぃっ⁉︎」
………………
「ちょ、ちょっと待てぇぇーーい! 婚約も許してないのに何を仰るかーーっ!」
「間合いの詰め方が色々とおかしいでしょーーがぁーー‼︎」
思わず、司教と神官がツッコミを入れる。
「え? でも今、ラルカは『はい』って言いましたけど?」
「……」
あまりにも予想外の展開で、当の本人はぱくぱくと口を魚のように動かしたまま、全く声が出せていない。
顔面は青白いのに、頬だけは赤く染まっている奇妙な顔色になってしまった。
誰かに求愛されたことが生まれて初めてだったラルカリースは、目の前の状況に己の思考がまるで追い付かず、目がぐるぐると回り出し、ぐらりと大きくよろける!
がしっ!
か細い聖女の身体を優しく受け止める騎士。
「だ、大丈夫ですか? ラルカ⁉︎」
「す、すみません騎士様……た、体調が芳しく無いので、ここで失礼致したく……うっぷ!」
「お顔が真っ青です! ど、どこか具合でも? そしてクレイと呼び捨ててください‼︎」
騎士クレイエヴァーは元々青ざめていた聖女をひょいと抱き上げる!
「ちょっ、ちょっ、ちょっと!」
クレイエヴァーの腕の中で混乱し、ジタバタするラルカリース!
それを見て、側仕え神官フィアトルがわざとらしい呆れた声を上げる。
「あぁ……気にしないで下さい。これ、いつものやつです。いつもの、二日酔い……」
「なに? ……聖女が……ふ、二日酔い⁉︎」
驚きのあまり、騎士が思わず聞き返す。
「あれぇ〜〜? 幻滅しましたぁ〜〜? 聖女が聖杯ガブ飲み、べろんべろんで翌日は二日酔いだなんて、外聞は非常によろしくないと思うんですよねぇ……だから騎士様はさっさと別な貴族令嬢とご結婚なさればよろしいかと……」
がばっ!
そう言って、神官は青ざめた聖女を騎士団長の腕から強引にもぎ取り、深々と頭を下げた……。