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 柔らかな光の降り注ぐ(おごそ)かな大聖堂の中、老齢な司教の声が静かに響く。


「フォールウィン(きょう)、何度足を運ばれようとも、我が教会の聖女ラルカリースとの婚約を認めるわけにはいきません!」

「……っ‼︎」

その言葉で、中央通路の赤い絨毯上に(ひざまず)いていた騎士は、漆黒の髪を揺らし、勢いよく立ち上がる!


「司教シャズ殿! なぜです⁉︎ 今の俺では、まだ彼女の相手として相応(ふさわ)しく無いと仰るのですか‼︎」


 小さな溜息を吐きながら、司教はそれに答える。


「貴方様のように見目麗しい前途有望な騎士団長様なら、なにもこんな東の片田舎で暮らす酔いど……ただの聖女より、中央の華やかな貴族令嬢方を(めと)った方がよろしいかと……」

「彼女に命を救ってもらったあの日から、私の心は彼女以外を求めてはいないのだ!」



◇◇



 一年前、東の遺跡(ダンジョン)から抜け出した魔物の討伐作戦において、瀕死の重傷を負った騎士クレイエヴァー・フォールウィンは、後方支援として帯同していた聖女ラルカリースの『祈り』により命を救われた。


 一晩、死の淵を彷徨(さまよ)った後、目を開けた騎士に優しく微笑みかけてくれた聖女。


『もう、大丈夫ですよ……』

『⁉︎』


 彼女に心奪われた一介の騎士は、そこから血の滲むような研鑽(けんさん)を積み、一年で騎士団長にまで上り詰めたのだった。


 『全ては愛の力だ……』と、本人は恥ずかし気もなく言い放った……と、他の騎士団員が後に語った。



◇◇



「フォールウィン卿、それは100%思い込みです!」

「……は?」

「『祈り』で人を救うのが聖女の仕事ですからねぇ……多いんですよ……『命を助けて貰った……この人が運命の相手だ、よっしゃーー絶対結婚したーーい!』と、うちの聖女達に求婚してくる騎士様(やから)が……」

「ぐぬぬっ……彼女に求婚しているのは、俺だけでは無いと言うことか……」

「いえ、そんな珍獣のような騎士様は卿ぐらいで……」

「え?」

「いえいえ、なんでも……」

司教は何やら言葉を濁した。


 聖女への個人的なコンタクトは禁止手(タブー)だ。

所属する教会の司教を通して接触を試みるのだが……未だに騎士クレイエヴァーは聖女ラルカリースとの面会すらも叶わず、今に至る。


「既婚じゃないと守護騎士団の団長から、中央の聖騎士団への昇進は推薦されませんからねぇ……」

「……何が言いたいのですか?」

「いえ、深い意味などございませーーん!」

「くっ、この(たぬき)爺さんめ……」

「ん? 何か仰いましたかな?」

「いえ別に……」


 小さく毒吐いても顔は平静を装う、貴族の(たしな)みだ。

だが、この教会に一年も通い続けていると、互いに素の面がちらちらと顔を覗かせる。


 この国では、教会の聖職者に貴族社会の上下関係の強制力は無い。

功績によって爵位を賜っているクレイエヴァーに対し、騎士団や屋敷内でこのような砕けた物言いできる者はそれほど多くない。

彼にとって、司教は気がおけない相手となっていた。


「ふっ……今日の私は一味違うぞ、シャズ殿! 中央教会から『遺跡の調査が終了したので、東教会は遺跡対処するように』という司令が近々下る、と同時に、国王陛下から我ら騎士団にも『同行するように』と勅命が下りましたぞーー!」

「な、何ーーっ⁉︎ ま、まだ儂の手元に伝令は来ておらんぞーー!」

司教の顔色がさぁっと変わる。


「と、言うことで、教会近くに騎士団が駐屯することになります。作業中に魔物が出てきても、速やかに排除できるように……言わば、教会と騎士団との共同作業です!」

「……」

「教会の犬として、我ら騎士団に何なりとお申し付け下さい!」

「くっ! 表向きはどうだって良い! 貴公! さりげなさを装ってラルカリースに近づくつもりだな!」

「おやおや装うだなんて、なんと人聞きの悪い……しかし、偶然の出会いなんて運命的ではありませんか! 待ってて下さい、私の天使!」

さらりと恥ずかしい言葉を言ってのける騎士団長。


 王国内騎士ランキングトップ3に入る実力者とはとても思えない姿。

彼に憧れを抱いてるご令嬢方が見たら、百年の恋も覚めるような振る舞いだが、本人はウキウキと心躍っている様子。


「て、て、て、天使……ですか? あ、あのラルカリースが⁉︎ ……てっきり人違いかと思って記録を確認してみたが……やはり治療は本人が施していたしなぁ……」

ぶつぶつと何かを呟く司教。

彼は一体、何を疑っているのだろうか?


「遅かれ早かれ、お会いすることになると思いますよ? だったら、シャズ殿から直々にラルカリース嬢をご紹介頂けたら……願わくば、今日こそ一目だけでもお会いしたいのですが……」

「あ、相変わらず、貴公は諦めませんねぇ〜〜!」

いつもよりも食い下がる騎士に対し、苛立つ司教のこめかみにはヒクヒクと青筋が浮かぶ。


「イライラするとお身体に障りますよ?」

「全く、誰のせいじゃい!」


 コンコン!


 その時、扉をノックする音が鳴る。


「……フィアトルか? 入れ!」


  ギィィィィッ……


 重厚な扉が開き、そこには頭を下げた銀髪の神官が立っていた。


「お初にお目にかかります。貴殿がフォールウィン卿ですか。私、神官のフィアトルと申します。僭越(せんえつ)ながら、話が僅かに外へ漏れ聞こえておりましたので……司教、少々お耳をお貸し下さい!」

「うむ!」

すうっと流れるような所作で、司教に近づき、神官がそっと耳打ちする。


「今日、ラルカリースは非番の日……現物を見せて、脳内お花畑な騎士様には早々にご退場願えばよろしいではないでしょうか?」

「な、なるほど! その手があったか!」


「?」

凛とした聖職者達のこそこそとしたやり取りを、怪訝(けげん)な顔で見つめる騎士。


 背を向けていた神官はくるっと向き直ると、騎士に柔らかく微笑んだ。


「ではラルカリース嬢を今、お連れ致しますね。少々、お待ち下さいませ」

「おぉっ! フィアトル殿! よろしく頼みます!」

騎士は跪き、神官に心より礼を述べた。

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