被害者は被害者なんだけど少し頑張ってみたらとんでもないことになった話
昼休み、食事を終えて教室でサッカー部の仲間と話をしているとクラスメイトが話しかけてきた。
「川崎ってまだ西川と付き合ってるんだよな?」
「はぁ?まだって何だよ」
「今、他の奴らと話してたんだけど、西川は三組の夏木と仲がいいらしんだよ」
「なんだよそれ?」
「あのな、放課後三組の前を通るとよく西川と夏木が残って話してるんだよ。で、そんな話をしてたらこの前の土曜日、駅でふたりを見たって奴がいてな、ちょっと怪しいんじゃねぇかって話になってな、それでお前んとこに来たんだよ」
「ユアは毎日部活が終わるの待っててくれるから、誰かと話してることもあるかもな」
そうだよなってサッカー部の仲間に話しかけると、毎日彼女が待っていてくれるんなんてうらやましい限りだって言われる。
「始めは俺らもうらやましいって話してたんだよ。でもな、みんなが西川と夏木が一緒にいるとこ見てるんだよ。それもお前がいない時に。余計なお世話だってわかってるんだけど、他の奴もお前には言った方がいいんじゃねぇかって言うからさ」
「……」
「悪気あるわけじゃないんだよ。心配っていうか……やっぱお節介か?」
「別にいいよ」
「そうか?悪いな」
「いいって。ユアに聞けばいいだけだから」
「まぁそうかもしれないけど」
サッカー部の仲間の前だけどひとりで考え込む。
俺とユアが付き合ってることは、サッカー部の連中やクラスメイトならみんな知っている。たぶんユアのいる三組だって知っている奴は多いと思う。三組だってサッカー部はいるし。
それなのに他の男がユアにちょっかい出すか?信じられないな。
でも俺のいな時のことはわからないし、土曜日もと言われると……それに夏木って奴も思い出せないし。
「ちょっとユアのとこ行ってくるわ」
三組の教室の入り口でユアを呼び出す。
ユアにはこっちのクラスに来るの珍しいじゃんって言われるけどそんなことはどうでもいい。
今クラスメイトから聞いたばかりの話をユアに告げる。そして夏木って奴のことを尋ねる。
するとユアはあからさまに動揺しだした。クラスメイトの話は本当だったのか?
夏木は誰だって言いながら三組の中を見るとかなりの数の視線を集めていたことがわかる。
それでも教室に入ってと思ったらユアが止めてくる。
「リョウマ、ここじゃなんだから他のとこで話そうよ」
「ここでもいいだろ。それより夏木ってどいつだよ?」
「そんな話ここじゃヤバいじゃん」
「おい、夏木ってどこにいるんだよ?」
俺が大声で問うと、三組の連中の視線を集めた奴がいた。とりあえずそいつのところに向かう。
「お前が夏木か?」
「ああ」
「俺とユアが付き合ってるって知ってたか?」
「……」
「知ってたかって聞いてるんだよ」
「知ってる」
「じゃぁなんでユアにちょっかい出したんだよ」
「……」
「黙ってたらわかんねぇだろ」
「……お前が悪いんだよ」
「何でだよ」
「お前が我がままで好き勝手してるからだろ」
「俺のどこが我がままなんだよ」
「西川さんはお前の部活が終わるまで毎日待ってたんだぞ」
「それのどこが我がままなんだよ」
「お前、西川さんのことが好きじゃないのか。なんでひとりにするんだよ」
「俺はユアのことが好きだし。ユアだってサッカーやってる俺がいいって告白してきたんぞ」
「それでも西川さんのことを考えてやれなかったのかよ」
「なに言ってんだよお前。ユアと付き合うんならサッカーを辞めろって言いたいのかよ」
「そうだよ」
「はぁ?お前バカなの?じゃぁ俺がサッカー辞めたらユアから手を引くのか?」
「……」
「ほらみろ。ユアのことを考えてるようなこと言っときながら、ユアを盗ろうとしてるんじゃねぇか」
「……」
「お前、最低な奴だな」
夏木と口論をしていたら突然強い痛みが左胸を襲う。そして視界が傾いたと思ったら何かにぶつかって倒れてしまう。
左胸を殴られた?何するんだあいつ。
でもこのまま寝ていれば被害者になるか?ちょうど目も閉じてるし。
そう考えていると声がする。
「おい川崎大丈夫か。おい。返事しないぜ」
「先生呼んでくるか?」
「あっ、血が出てる」
えっ、どこよ。
「ほんとだ。頭から血が出てる」
嘘?頭なんか痛くないけど。
「やばいって。誰か先生呼んできて」
「それより救急車じゃない?」
「息してる?」
「川崎川崎」
頭から血が出てる奴を揺さぶるなよ。でもほんとに血が出てる?
身体を揺さぶられると頭が床にこすれて痛みを感じ「うっ」って声が漏れてしまう。
「生きてる」
生きてるって。それより本当に頭に痛いとこがあったし。
あと身体がねじれてて足が変な方に曲がってて辛いんだけど。ちょっとくらい動かしてもバレないよな?
「あっ、足が痙攣してる」
「やっぱりヤバいって」
「先生は?」
「呼びに言ったばっかだよ」
「夏木、どこ行くんだよ」
なに。あいつ逃げたの?
「消防がどんな具合かって」
おいおい、本当に消防に連絡したの?もう起きれないじゃん。
「息はしてるけど意識はないって。それと頭から結構血が出てるって」
「わかった」
そんなに血が出てる?すっげー気になるけど。
「けが人はどこだ」
「先生」
「誰だ?」
「一組の川崎です」
「川崎川崎」
今更起きれねぇよ。
「ダメだ。誰か職員室に行って男の先生呼んできてくれ。それと担架も」
「はい」
まいったなぁと思っているとサイレンの音が近いづいてくる。
結局救急隊が来た時に意識を戻した演技をする。本当に連れていかれたら困るから。
でも今は病院でCTを撮っている。
一時的でも意識がなかったことになっていたし、頭から出血しているから病院に送り込まれた。俺は大丈夫だって言ったのに。
検査が終わったらICUに移され一晩はここで経過観察だと医者に言われる。
そしてしばらくしたら母親が来たけど泣いていた。さらには仕事中の親父まで病院に来た。とんでもないことになったなって思っていたら最後に警察が来た。
もう考えることを諦めた。
一泊で退院できると思っていたら、まだ退院できないって言われた。
午前中にもう一度検査して異常がなかったけど外科病棟に移ってさらにもう一晩入院だって。
それから、また警察が来た。今度は事情聴取だった。
何があったのか聞かれたので、彼女が浮気をしてるらしい話を聞いて問い詰めに行った。そこで浮気相手と口論になって相手に殴られたのか押されたのかわからなかったけど転んであとは覚えていない。ということにした。
入院騒ぎになったのに本当は目を閉じて話を聞いてましたとは言えなかった。
外科病棟に移ってからいろいろ自由になった。嬉しかったのがトイレとスマホ。
ICUでは急に悪化するかもしれないからってトイレにも看護師さんが付いてきたし、スマホも厳禁だった。
それで一日ぶりにスマホを見るとメッセージであふれていた。どうも昨日の夕方、ローカルのニュース番組で事件が放送されたらしい。そのメッセージを見てちょっとだけ夏木に悪いことをしたなって思った。
でもその反面ユアからのメッセージはなく、俺らの関係は終わったんだなって思った。
たった一回、浮気の確認をしただけで終わる関係。俺には未練なんてないってことか?身体の心配もされなかったしな……
ようやく病院から解放されたけど、二泊三日の入院生活は不自由で退屈だった。
そして退院した日の夕方に担任が来た。見舞いと言うより報告だった。
夏木は加害者と言うことで教育委員会の処分が決まるまで自宅謹慎になっている。
ユアは関係者であるけど直接的なことがないから処分はないけど、事件翌日から学校を休んでると。
そして今晩、事件の保護者説明会が行われるって。
すげーことになってるなって思った。
それと昨日母親から話があったけど、一昨日、事件の当日の夜に夏木の親父が謝罪に来たって。
正直夏木には少し同情する。ユアに手を出しただけで警察の厄介になるなんて。でもいろんな意味で夏木が手を出さなければこんなことにはならなかったはずだ。だから自業自得だとも思った。
それとユアは今日になっても連絡がない。
やっぱり夏木の方がいいのだろうかと考えることもあり、意地でも俺からは連絡をするもんかと思った。
退院した翌日から登校することにした。
心配する両親には悪いけど、頭の傷以外大したことないから。
学校に行けばやはり心配される。それでも俺が普段通りだとわかると、綺麗な看護師はいたかとか、頭の傷はハゲになるなっていじってくる。
だから「そっちの傷も気にしてるんだから」って言うと周りが静かになる。
失敗した。もっと言葉を選ぶべきだった。
みんなが気遣うように二つの傷を抱えてるんだから。
頭の傷もそうだけど、俺の傷が癒える日は来るんだろうかって思った。
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夏木スグルの想い
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放課後、図書室の受付の仕事が終わって教室に戻ると西川さんがいる。彼氏の部活が終わるまで待っているんだって話はクラス中が知っている。だから関係のない俺は挨拶をして先に帰る。
でも図書委員の当番があるからそういうことが繰り返し起きる。すると西川さんと話す機会が多くなり、いつしか図書委員の仕事がない日も放課後は残って話すようになった。
始めは残っている西川さんへの労いだったりだけど、クラスメイトだったせいもあり授業のことや噂話しなどをして仲を深めた。
それからは西川さんとふたりで話をしている時間が楽しくなってきた。そしてそう思っていたのは俺だけではなかった。
西川さんは付き合っている川崎の部活が終わるの待っていることが面白くないと言っていた。好きな人と付き合えれば一緒に話したり出かけたり、もっと楽しいものだと思っていたけど実際は待っているだけだったと。
でも最近はそんな時間も俺が話し相手になったので楽しくなったと言われた。俺は素直に嬉しかった。
それからも毎日放課後は西川さんと話して、土曜日はカラオケなんかも行った。
これからもふたりの時間を増やしていつかは付き合えたらいいなって考えるようになった。
そんな時に事件が起きた。
西川さんと付き合っている川崎が俺のところに来た。
それから口論になって思わず川崎を突き倒してしまった。倒れた川崎は打ち所が悪かったのか意識がなかった。それを見た俺は怖くなってその場を逃げた。
そしていつの間にか図書室にいたが、その図書室にも救急車のサイレンが響く。とんでもないことになったと思った。
それでも昼休みが終われば図書室から追い出される。居場所がないから自分のクラスに戻ろうとしていたところを担任に捕まった。
それから生徒指導室に連れていかれ事情を聞かれた。あとはひとりで過ごしていたが突然母親が現れて泣きつかれる。
そのあとは無言の母親とふたりで家に帰ったが、すぐに父親も帰ってきて怒鳴られた。それから父親は川崎の家に謝罪のため家を出た。
父親が出かけた後すぐに警察が来た。事情聴取のため警察に来てほしいと。
すぐに母親とふたりで警察に向かうがその道すがら考える。川崎はけがをした。つまり俺は暴力をふるったので逮捕されるんだ。そして少年院……なんでこんなことになったんだろう。
警察で事情聴取を終えると釈放になった。いや釈放って言葉は使わないらしい。少年事件はテレビで言っていることとは違うらしい。
俺の起こしたことはとっさに手を出してしまったけど、幸い川崎も軽症だったということで過失傷害になるらしい。そしてこの程度なら逮捕されずに在宅捜査、つまり家に帰っていいらしい。
ただ一カ月ほどで家庭裁判所の少年審判という裁判が行われるのでそれまでは生活態度には配慮するようにと忠告を受けた。
翌日には弁護士が決まり何日も話し合いがあったが、それとは別に学校からは退学が言い渡された。
そのあと行われた少年審判では、川崎の被害は小さかったものの俺の身勝手で暴力的な行動は許されなかった。その結果保護観察ということになり自宅で生活をしてもよいことになった。そして前科にはならなかった。
しかし両親は引っ越すと言っている。もうここでは暮らせないと。
俺もここでは暮らしていけないと思う。
でも西川さんには会いと思っていた。例え事件のあと連絡が全くなくても。
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西川ユアの想い
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リョウマは一年の時から恰好よかったから人気はあった。そして秋になってサッカー部のレギュラーになるとさらにモテるようになった。だから私から告白をしてリョウマの彼女になった。
もともとリョウマは恰好よかったし、休みの日なんかは一緒にいれば楽しかった。そう、一緒にいれば楽しかった。
でも一緒にいる時はサッカーをしていない時だけだった。
始めはそれでもよかった。部活が終わるのを待っているときもリョウマのことを考えていれば幸せだった。
それでも毎日部活が終わるのを待っていると退屈になってくる。
そんな時に図書委員の夏木スグルと仲良くなった。
夏木は図書委員だから放課後に受付けの当番がある。その仕事が終わって教室に荷物を取りに来たときに話すようになった。
夏木との会話は楽しかった。図書委員だから本をたくさん読んでいるのかもしれないけどいろんなことを知っていたし、私の話にもついてきていた。そして私に優しかった。
私がリョウマと付き合っているのはクラス中が知っているから、いつも待たされている私がかわいそうだと言っていた。
そしてある時、俺だったら好きな彼女を待たすなんてことはしないって言われた。それからは夏木を意識するようになった。
確かにリョウマは恰好いい。でも夏木はいつも私と一緒にいてくれるし優しい。いつしか夏木といる方が楽しいと思うよになっていた。
そのうちリョウマには別れを告げて夏木と正式に付き合おうと考えていたある日のお昼に、リョウマが私の教室に現れた。
リョウマは部活中で知らないはずの私と夏木のことを聞いてきた。
始めはなんで知っているんだろうと思ったけど、これはいい機会じゃないかと考え、別れを伝えるために移動しようとしたら事件になった。
リョウマと夏木が口論になり、夏木がリョウマを突き倒してしまった。倒されたリョウマは頭から血を流して意識がなかった。そして夏木が逃げた。
私はリョウマのことも気にはなったけど夏木を追いかけた。
そして探している途中に聞こえた救急車のサイレンはリョウマかもしれないと思ったけれど教室には戻らなかった。
昼休み中夏木を探したけれど結局見つからなかった。それでも五時間目を告げるチャイムが鳴れば教室に戻らなければならない。
教室は地獄だった。
先生も来なくて授業も始まらず、リョウマの倒れていたところを掃除しているクラスメイトがいる。
しかしほとんどのクラスメイトが私を見ながらコソコソと話をしている。
みんなの視線が痛すぎるけど一番に頼りたい夏木はいないし、仲の良かった友達にも距離を感じる。
今はひとりで針でできたむしろの上にいるみたいだった。
仕方がなく自分の席に座りうつむいていると担任が来て呼び出さられる。
そして当然のように夏木とリョウマのことを尋ねられる。涙を我慢できていたのはそこまでだった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。なにが悪かったんだろうと考えれば考えるほど涙があふれてきて、話しかけられてもなにも応えられなかった
しばらく泣き続けていたけれど少し落ち着いたところで質問が再開する。リョウマがけがをした経緯と私たち三人の関係を。
担任には全て正直に話した。私が付き合う相手をリョウマから夏木に替えようとしていたことと、それが原因で言い争になり夏木が手を出してしまったことを。
私の話を聞いた担任は教室に戻ってもいいと言ったが、あの教室に戻る勇気がなかった。だから担任にそう告げると放課後まで保健室で休むといいと言われその言葉に従った。
それから放課後になり、人の気配を伺いながら荷物を取りに教室に戻る。幸い教室には誰も残ってはいなくて、手早く荷物をバッグに移して、スマホは手に持った。
とりあえずは居所のわからない夏木に連絡をと思いスマホを操作するとメッセージの山だった。
そのメッセージはクラスのグループチャットだったけれど内容は私に対する当てつけだった。
リョウマのけがを心配するもの。リョウマの境遇を憂うるもの。それから私の二股にまつわるもの。そして仲の良かった友達がトークルームから退出した記録もあった。
だからあの時のみんなの視線は怖かったんだ。そしてもう教室にはいられないと思いすぐに家に帰った。
家に帰っても私たちのことがスマホに書き込まれていく。中には明らかな嘘もあった。でも訂正もできなかった。スマホが怖くなった。
それから学校も怖くなって休んだ。それでもスマホには私と夏木のことが悪く書かれる。そして疲れ切った末にアカウントを削除した。
夏木やリョウマのことも気にはなるけど、全てのことから逃げたかった。
だからそのあとのことは全くわからない。夏木が逃げたあとどうなったのか。リョウマの具合はどうなのか。そして友達にはどう思われているのか。
知りたい気持ちもあるけれど知ることも怖かった。
もう何も知らなくてもいいと思うようになって自分だけの世界に閉じこもった。
おしまい
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
誰も救われない作品だったので、私の他の作品で口直しをしてください(笑
今回は皆さんの意見を参考にした作品を用意するつもりで書き始めたのでが、主人公同様乗りに乗ったら取り返しのつかないことになりました。
それでも展開の改善を試みたのですがどうにもなりませんでした。
考えれば考えるほど重い方重い方へと話は進んでしまって修正ができなくて諦めました。
今季一ヘビーかもしれません。本当にとんでもないことになりました。
でも反省はしていません。いっそもっとキツくしようかとも考えました。
あと過去作品の感想を踏まえて主人公の救いも用意したんですよ。マネージャーと二つの傷に向き合うラブコメっぽいもの。
でも、された側とした側のギャップが激しすぎたのでラブコメパートは全部カットしました。
それと浮気したふたりの物語も添えました。というか問題の部分ですけど。こちらも指摘された所だったのきっちり二人分用意しました。
それから謝罪するシーンがあった方がいいのではって話もありましたが、謝罪はさせません。
謝っただけで心が軽くなってもらってはかないません。した側には一生悔やんでもらいたいです。
浮気をするから悪いんですよ。
純愛こそが正義です。
夏休みが終わったのでここまでですね。
またいつかお目にかかれたらと思います。